31、使者はしどろもどろに繰り返す

          ‡


とはいえ、準備は必要だ。


念の為、もっと詳しい病状を知らせてほしいこと、お兄様には手紙を送らなかったのはなぜか。このふたつを、父に手紙で問い合わせた。


その返信を待っている間に、イリルに会いに行く。

最近特に忙しいようで気が引けたのだが、イリルは嫌な顔一つせず時間を作ってくれた。


「妹君のお見舞い?」


噴水の近くの東屋で、私たちは少しだけ話した。


「どこが悪いの? この間は、そんなふうに見えなかったけど」


しばらく家に戻るという私の説明に、イリルは不思議そうな声を出した。


「それが、わからないの」

「わからない?」


イリルは眉を片方だけ上げた。剣の練習の合間だったので、赤銅色の髪の毛が少し乱れている。触れて直したい衝動を抑えて、私は答える。


「今、詳しい病状を問い合わせているとこなんだけど……ただ、妹以外にも気になることがあって」


リザ様の出した招待状がこちらに来なかったことも説明した。


「ルシーンを連れてきたから、私への対応が前と同じにはならないのは仕方ないかもしれないけど、気になって。屋敷がどんな調子なのか見ておきたい気持ちもあるの」

「それは、まあ、心配なのはわかるけど……」


イリルは珍しく、言いにくそうに口を開いた。


「もう、こっちには戻らないつもり?」


まさか、と私は慌てて首を振った。


「向こうに長居するつもりはないわ! フレイア様にもすぐ戻るって申し出ているし。様子を見たらすぐに帰る!」


何か考え込む様子だったイリルは、


「なるほど……だったら僕からひとつ提案があるんだけど」


私をじっと見つめてそう言った。


          ‡


「だから、それじゃわからないと言ってるだろ!」


公爵家の執務室で、領地からの報告を聞いたオーウィンは、苛々とした声を出し続けた。


「で、ですが、旦那様……」

「おかしいだろ! 今年は気候も悪くはなかった! 水温も水量も、問題はないはずだ」


使者は、しどろもどろに繰り返す。


「その、その通りなんですが、何故か漁獲高は減ってまして……現状はそこに書いてある通りです」

「どこだよ?! ちゃんと書いてあるのか?」


オーウィンは報告書をわざと音を立ててめくる。


「こんな書き方じゃ、なにもわからないな! 聖誕祭には間に合うのか?!」


川と運河を利用して作った、大規模な養殖場は、オフラハーティ公爵家の領地の内陸部にある。


聖誕祭など、祝い事に川魚を食べる習慣のあるこの国で、その需要は大きく、一大産業になっていた。


「わ、わかりません」

「間に合わなかったらどれほどの損失か! わかってるだろ?」


もちろん領地の特産品はそれだけでない。

領地の北の方ではガラス工芸が盛んだし、穀物と果物の出来も悪くはない。

何もしなくても安泰だ。

オーウィンは日々、そう思っていた。

なのに、漁獲高が芳しくない。

領地の人間がサボっているに違いない。

そう思ったオーウィンは、はるばる来た使者を労ることもなく、ただ怒鳴りつける。


「調べろ! 調べて対策を講じろ!」

「もちろん調べました。ですが……」

「嘘をつくな! ちゃんと調べていないからわからないんだろ!」


さっきから同じ話の繰り返しだった。

使者が何か言おうとするたび、オーウィンが遮るので前に進まないのだ。


「失礼します」


そこにトーマスが入ってきた。


「旦那様。クリスティナ様がお戻りになりました」

「何? クリスティナが?」


オーウィンの目が輝いた。


「よし、すぐ通せ」

「いえ、先にミュリエル様のお見舞いをするそうです。旦那様には後ほど挨拶を、とのことでした」

「ミュリエルの見舞い? そうか、そうだったな」


クリスティナが戻ってきたなら、家の中のことについてはもう問題ないな。


そう思ったオーウィンは途端に機嫌をよくした。

使者に優しく言う。


「お前、もう戻っていいぞ。疲れただろう、トーマス、帰る前に彼にワインと食事を」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」

「は? あ、はい」


急変した態度に戸惑う使者だが、トーマスに案内されるまま、飛ぶように部屋を出た。

オーウィンはのんびりとした気持ちになった。残っていた使用人に命令する。


「お茶を淹れろ」

「はっ」


湯気と共に立ち込めるいい香りが、苛々した気持ちを払拭させた。


「ま、漁獲量もそのうち戻るかもしれない。しばらく様子を見ればいいさ」


呑気なことを呟いた。

すると。


「旦那様、こちら、手紙が届いておりますが」


お茶を飲んでいる間に、戻ってきたトーマスが一通の手紙を差し出した。

オーウィンは、その差出人を見て首を傾げる。

ギャラハー伯爵夫人だったのだ。


「なんだ?」


しかし、中身を読むと悪くない知らせだった。


「なるほど……それはありがたいな」


心配事が次から次へと解決していく気持ちになって、オーウィンはのんびりとお茶を楽しんだ。






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