29、直筆の手紙
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「ごきげんよう、フレイア様。本日はお招きありがとうございます」
「ようこそ、リザ様。どうぞ楽にしてちょうだい」
私とリザ様、そしてフレイア様のお茶会は、すぐに実現した。
「驚きました。本当にご招待いただけるなんて」
リザ様は、緊張した面持ちで腰掛ける。
今日は庭園でなく、フレイア様のサロンが会場だ。
香りが高い特別なお茶がニナによって淹れられ、フレイア様の出身国、エルディーノ王国の柑橘を使った焼き菓子が振る舞われた。
「お芝居を見に行くのもいいですけど、こうやって直にお友達と交流できるのも楽しいものですわ」
湯気の向こうで微笑むフレイア様は、とても優雅だ。
「も、もったいないお言葉です」
しかし、リザ様はなかなか緊張が解けない様子。
思いきって私は、つい先日、公にされた知らせを口にする。
「リザ様。ドリヒレネグ王国の王太子殿下と縁談がお決まりになったとか。おめでとうございます」
「ひゃ!」
リザ様が目を丸くする。
あのあとすぐに、リザ様の婚約が決まったと発表された。
やはりお相手は国外の王族の方だった。
「リザ様。ぜひ、そのお話聞かせていただきたいわ。もうお顔は合わせましたの? お手紙のやりとりは?」
恋愛の話が大好きなフレイア様が、すぐに話を広げる。
「いえ、あの、そんな……聞かせるようなことありませんわ」
「あら。まだ、どんな方かわからない?」
「お手紙では……お優しいように思えます」
リザ様は顔を赤くしてそう答えた。とても可愛らしい。
そこからしばらく、リザ様が嫁ぐドリヒレネグの話題で盛り上がった。
「ドリヒレネグはここと違って、かなり暖かいから、服装に注意が必要ですわ」
フレイア様の言葉に、リザ様が前のめりになる。
「まあ、そうですの?」
「私のいたエルディーノ王国にまあまあ近いでしょう? 似たような気候と聞いているわ」
フレイア様は、懐かしそうに目を細めた。
「行けば、冬の暖かさにきっと驚くわ。こちらからすれば春みたいなの」
私は疑問を口にする。
「では、春はまるで夏みたいですか?」
「そこまでじゃないけど、春の期間はこちらより長いわよ」
「いいですね……」
羨ましさにため息が出る。
「では外套はそんなに多くいりませんのね?」
リザ様はメモを取りそうな勢いだ。
「ええ、どちらかと言えば、夏用のドレスを工夫した方がいいわ」
「まあ……聞いてよかったわ」
リザ様は期待に瞳を輝かせていた。
私はふと、思ったことを口にした。
「帝国はどうなのでしょう? 帝国のように広い国は、端と端ではだいぶん気候が違いますよね」
「そうね」
私は先日、立ち話したときの、ドゥリスコル伯爵の歯切れの悪い返答を思い出した。
——ここよりは暖かいですね
自分の国の季節を語るには、曖昧な言い方ではないだろうか?
「ドゥリスコル伯爵は、帝国のどのあたりの出身なんでしょう?」
「あら珍しい、クリスティナがイリル以外の人を気にするなんて」
「そ、そんなんじゃありません!」
からかわれた私が慌てて否定すると、
「まあ素敵な方ですものね、ドゥリスコル伯爵」
リザ様がうっとりと言った。
「素敵、ですか?」
「ええ。とても魅力的だわ」
私にはまったくそう思えなかったので、驚いた。
そんな私を見て、リザ様はすぐに訂正した。
「あ、そういうことではありませんの。この間のお茶会の帰り際に話かけられまして」
先日の、フレイア様のお茶会のことだろう。
「ご挨拶をもう一度してくださっただけなんですけど、不思議と私、ポーッとしてしまって。しばらく魂が抜けたようにぼんやりしてましたの。それが魅力というものなのかなって思いましたて」
「確かに人を引き込む魅力がありますものね」
フレイア様までそんなことをおっしゃるので、さらに驚いた。恐る恐る口にする。
「私には、まったくその魅力がわかりませんでした……」
不思議な雰囲気はあると思ったけれど、それだけだ。むしろ、先日の会話から、少しぼんやりした人かな、くらいに思っていた。
私の言葉に、今度は二人が驚いたようだった。
「あらそうなの?」
「女性なら誰でもポーッとすると思っていました」
「まあ、クリスティナはイリルしか見えていないから。私もレイナンと比べるほどではないわ。リザ様もきっと王太子殿下にお会いすれば、ぽーっとも消えるんじゃないかしら」
「そうかもしれません」
リザ様があっさり頷いたので、少し可笑しかった。
「でも……ギャラハー伯爵夫人には魅力的なんですよね」
「まあ、そうよね」
「意外なんですけど、そういうものでしょうか」
私が知る限り、ギャラハー伯爵夫妻は仲がよかった。
しかし、リザ様は声を落とす。
「ギャラハー伯爵は狩や釣り、賭け事など、遊びに夢中であまり夫人を構っていらっしゃらなかったそうですわ。お寂しい日々だったようです」
そういうことなのか。
なんとなくやるせない気持ちになってしまったので、払拭するように私は、そうだ、と話題を変えた。
「あの、これ、よかったら今日の記念にお二人にもらっていただけないでしょうか」
私は用意した小さな箱を二人に渡す。箱にはリボンがかかっていた。
「なんですの?」
フレイア様が楽しそうな顔で言う。
「どうぞ、ご覧になって」
箱を開けた二人は、それぞれ歓声をあげた。
「素敵!」
「綺麗……」
屋敷から持ってきた材料で、コツコツ作ったブレスレットだった。
「オフラハーティの領地にあるガラス工房で作っているビーズと、小さいですけど水晶を組み合わせたブレスレットです。十字架のロザリオにも使われるビーズですから、魔除けの効果も一応あるというのですけれど……リザ様とフレイア様もこれからを祝して」
フレイア様には赤を基調にしたものを、リザ様には青を基調にしたものをそれぞれ贈った。
表面を炎で炙ることによって、滑らかさと艶を出している。
粒は小さいが、宝石に匹敵するくらいの美しさと自負していた。
「嬉しい! 大切にするわ」
「私も……こんな素敵なブレスレット、初めてです」
二人とも喜んでくれたようで、ほっとした。
しかし。
楽しいお茶会がそろそろ終わろうという頃。
「クリスティナ様、お気を悪くしないで聞いて欲しいのですけど」
リザ様が真剣な顔で言った。
「ミュリエル様のことなのですが」
「……どうぞ、なんでもおっしゃって」
「この間の三人以外からも、ミュリエル様の我の強さの噂を聞きました。ミュリエル様が辞めさせた家庭教師たちが触れ回っているようなのです」
私は思わず、眉間に皺を寄せた。
「余計なことでしたら申し訳ありません。でも一応耳に入れておいた方が、と思いまして」
「いいえ、ありがとうございます、リザ様」
私はため息をついて、フレイア様に向き直った。
「実は、一度家に戻ろうかと思っていました」
私は重い気持ちで手を握りしめる。
「ですが、フレイア様、またここに戻ってくることを許してくださいますか?」
「もちろんよ、いつでも戻ってらっしゃい。というか、戻らなきゃだめよ」
ついに、代筆ではなく、父の直筆の手紙が届くようになったのだ。
——ミュリエルの具合が悪いから、一度見舞いに戻ってこい、と。
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