25、招待状
「え?! 認めるの?」
「居場所がないとのことについては人それぞれ定義が違いますので、今は置いておきますが、フレイア様のところでお世話になっているのは確かです。隠してはおりません」
「あらそう? そうなの?」
リザ様は目を丸くした。またそんな顔を周りにさせてしまったと思いつつ、リザ様のそれは最大級だったので、少し笑ってしまった。
「何がおかしいのよ」
「失礼しました。こちらのことです……そんな噂が出回っているのですか?」
その話がしたかったのだろう。リザ様は嬉々として語る。
「ええ。あの妹にすっかり家を乗っ取られているとかも聞きましたわ。巻き込まれたフレイア様がお気の毒よ。フレイア様はオフラハーティ家に逆らえなくて断れなかったんじゃないかしら」
その言い方に苛ついたし、ミュリエルの話題が出たことで、ピンときた。
「どなたですか?」
「何が?」
「そんなことをリザ様にわざわざ吹き込んだのは、どなたですかと聞いております」
「な、何よ、誰でもいいじゃない」
「当てて差し上げますわ。大体予想が付きますの。リザ様にそんなことを吹き込むお暇な方は」
私は扇で口元を隠して、目だけでリザ様を見下ろした。
「ローナン男爵令嬢ディアナ様、フィン子爵令嬢エリカ様、エメット伯爵令嬢ヘルミーナ様、この辺りでは?」
リザ様は、ぐっと黙り込んだ。
やっぱり、と私は思う。
以前、誕生日パーティでミュリエルを囲んでいた令嬢たちだ。
私に擦り寄るのをやめて、リザ様に付くことを選んだのだろう。別にそれ自体は構わない。彼女たちの社交だ。だが、フレイア様の名前を出されては黙っていられない。
リザ様は気まずそうに視線を逸らしている。
私はわざとらしく大きなため息をついてから、追い討ちをかけた。
「がっかり致しましたわ」
悲しそうに見えるように、まつ毛を伏せて、言う。
「リザ様ともあろう方が、噂を鵜呑みにして人の足を引っ張ろうとするだなんて。確かにうちの妹はまだまだ未熟なところがありまして、皆様にご迷惑をおかけしていますが……」
「足なんて引っ張ってないわ!」
「あら」
私はわざと声を低くした。
「あの言い方で悪意がなかったとは言わせませんわよ?」
「……」
ここで黙ってしまうのが、リザ様の可愛らしいところだと思う。
——ミュリエルなら開き直るでしょうね。
「先程も言いかけましたが、居場所がなくなる云々は誤解ですわ。オフラハーティ家も私も、妹一人のせいで失われるものなど何もありませんもの」
伏せたまつ毛を上げて、私は言う。
「ですから、誤解だったと認めてください。フレイア様の評判を落とすような言い方は、いくらリザ様でも看過できませんわ」
私がここまで言い返すとは思っていなかったのだろう。
リザ様は本気で困っているようだった。何とか事態を巻き返そうと言葉を探しているようだが、段々と眉が下がってきた。その切長の目が、助けを求めるように細められる。
それを見ていると、もういいかな、という気がしてきた。
正直、リザ様のことは嫌いではない。
気まずそうにしたり、落ち込んでくれる分、リザ様にはまだ私の話が通じる実感があるからだ。
あの父と妹に比べると、段違いに理解しやすい。
そこで私は助け舟を出した。
「それとも何か勘違いなさってるのかしら? だって私は居場所を追われていないもの。リザ様もフレイア様の評判を落とすおつもりではなかったのでは?」
そこで頷いてくれたら、この話はこれで終わるはずだった。
だけど。
「だって」
リザ様は、真っ赤な顔をしてこう言ったのだ。
「クリスティナ様が悪いのよ」
「私が?」
「デビュタントのときに約束したじゃない! 今度うちにも遊びに来てくれるって!」
え?
「だから招待状を送ったのにずっと返事がなくて、病気でもしたのかと思っていたら、フレイア様の話し相手になるために宮廷に上がるって聞いて。あの三人はそんな私を見かねて、オフラハーティ家の噂を教えてくれたのよ」
「招待状」
「ええ。誕生日会には出席できなかったから、あらためてそのお詫びを書いた手紙と一緒に先日送ったわ」
「申し訳ありません……私、それを把握しておりませんでした」
「え?」
「私がこちらにくることで、入れ違いになったのかもしれません。失礼致しました。家の者を叱って調べさせます」
言いながら、私は少し不安になった。あのトーマスがこんな失敗をするなんて珍しい。
もしかして、私が思った以上にミュリエルに手がかかって、色々と不備が出ているんじゃないかしら。
それはともかく。
「リザ様。それでは私が招待状を無視したとお思いになって、先ほどはあんなことを?」
リザ様はぷいと横を向いて答えない。
「リザ様」
もう一度問うと、渋々と言った様子で答えた。
「だって今日のあなた、とても綺麗だし、楽しそうだし、なのに……招待状は無視したのに久しぶりとか言うし、でも愛想はいいし、私のことなんてまったく気にしていない様子だったから、つい意地悪言いたくなったの……ごめんなさい」
最後はほとんど聞き取れないくらいだったが、私は気が抜けて笑ってしまった。
「何よ……」
「いいえ、私も知らなかったとはいえ、せっかくの招待を無下にして申し訳ありませんでした」
「いいわよ、私も言い過ぎたわ」
和やかに向かい合って、初めて気がついた。「前回」、リザ様とはこんなふうにはならなかった。
リザ様が他国に嫁いだせいもあるが、それだけが理由ではない。
私はどこかミュリエルを思い出させるリザ様を避けていたのだ。
——ミュリエルとリザ様は全然違うのに。
そう思えて嬉しかった。
「そうだ、リザ様、よろしかったら今度は私がリザ様に招待状を送ります。それで許してくださらないかしら」
「クリスティナ様が?」
「フレイア様のご都合もお聞きして、三人で気安いお茶会をしません? そうでないと、例えばリザ様がどこか遠くに嫁がれたら簡単にお会いできませんもの。リザ様ほどの方でしたら、いつご婚約なさるかわかりませんもの」
「こ、婚約だなんて」
「あら、何か思い当たることのありそうですわね? じっくり聞かせてください」
「……からかっているわね」
「いいえ?」
「……」
私たちは顔を見合わせて、少し笑った。
「どうしたの、アラナン?」
「いえ、あちらは?」
クリスティナとリザがじゃれ合っているのを遠くから眺めていたドゥリスコル伯爵は、ギャラハー伯爵夫人の問いかけにそう答えた。
「ああ、リザ様ですわ。先程ご挨拶したのでは?」
ドゥリスコル伯爵は、そうか、と思い出した顔をした。
「オコンネル家の令嬢だったね。年齢はどれくらいかな」
「クリスティナ様と同じくらいだったと思うわ」
「ふうん」
「嫌だ、あなたあんな子供にも興味あるの?」
「そんなことはないよ、僕はケイトリンしか見えていないからね」
けれど。
ギャラハー伯爵夫人との密着度を高めながらも、ドゥリスコル伯爵の視線は、楽しそうな令嬢二人から離れなかった。
そして同じ頃。
「もう! 嫌! こんなの全然楽しくない!」
「お嬢様! きちんと座ってください!」
オフラハーティ家では、ミュリエルが何人目か数えきれないくらいの家庭教師を困らせていた。
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