24、フレイア様のお茶会

         ‡


クリスティナと別れた後、イリルは宮廷の執務室で、ブライアンから報告書を差し出された。

受け取りながら、イリルは言う。


「婚約者との語らいを邪魔をしてまで、伝えるからには、よっぽどいい知らせなんだろうな?」

「残念ながらその反対です」

「だろうな」


ため息をつくのと、ブライアンが話し出すのは同時だった。


「王領の中で不審な事故死が続いていないか調べていた件ですが」

「どうだった」

「ブリビートの村ほどではないにしても、国境に近いところほど、事故死が多く報告されてます」

「なんだと」

「ブリビートの村同様、事故は事故のようなので、誰も関連付けて調べてなかったようです。私たちもあの老婆の話を聞いていなければ、見過ごしていたでしょう」


眉間に皺を寄せて報告書を読んでいたイリルは、ブライアンに問いかける。


「ここにある村、ファリガ、アンロー、クロウ……国境に近いということは、その墓地も国境に近いな?」

「そうですね、どうしても中心から離れた場所に作るでしょうから」


イリルはリュドミーヤの言葉を思い返した。


「土壁が、小さなひびから崩れるように、我々の隙を突いて『魔』がはびこる……あの老婆は確か、そう言ってたな」

「はい」

「『魔』がどんなものか私にはわからないが、隙を付いてはびころうとするなら、やはり入りやすいところから来るだろう」

「それが墓地というわけですか?」

「根拠はない。だが私には、国境という、ある意味境目から何かが入ってこようとしているように思える」

「じゃあ、王領以外にも起こっているかもしれませんね」

「だろうな。王に報告して祭祀の頻度を上げてもらおう」


ブライアンは目を丸くしてイリルを見た。


「なんだ、その顔は」

「いえ、珍しいですね、イリル様がそんなことを言うの。儀式など面倒くさがる方なのに」

「私が嫌いなのは心のこもっていない儀式だ。これは違う」

「そういうものですか」


報告書に再び目を通し始めたイリルは、苦々しく呟いた。


「……しかし、もはや遅いのか」


何かが入ってきたからこそ、こんな現象が起きているのかもしれない。

イリルは報告書を睨むように読み返した。


          ‡


「クリスティナ、あなた、ドゥリスコル伯爵にお会いしたんですって?」


フレイア様が、突然私にそう尋ねた。

昼下がり、フレイア様のお部屋で一緒に刺繍を刺していたときのことだ。

私は頷く。


「帝国からいらっしゃった方ですよね? はい、この間偶然、お会いしました」

「どんな方だった?」

「あまり深い話をしてないので、よくわかりませんが……ギャラハー伯爵夫人ととても親しそうでした」

「ああ、やっぱりそうなのね。今度のお茶会にギャラハー伯爵夫人をお呼びしようと思っているんだけど、その伯爵も一緒でいいかと聞かれてちょっと驚いたのよ」


フレイア様は定期的にお茶会を開く。

それ自体はよくあることなのだが、男性も呼ぶのは少し珍しい。


「どうされるのですか?」

「まあ、お呼びするしかないでしょうね」

「そうなると、ドゥリスコル伯爵だけというわけにも行きませんね。人数を増やしますか?」

「そうね。いっそ、広々と庭園でしようかと思うの。手伝ってもらえる?」

「もちろんです」

「参加もしてくれる?」

「もちろんですよ?」


フレイア様が不思議そうな顔をするので、こちらも聞き返した。


「どうしたのですか?」

「だって、クリスティナ、そういうの苦手だったじゃない。そんなにサラッと応じてもらえるなんて、別の人みたい」


あ、そうか。

そういえば、デビュタントしてしばらくは社交が苦手だった。

段々と場数を踏んで慣れていったことを忘れていた。


——まあ、でも別に今さら不慣れな真似なんてしなくていいわよね。


「フレイア様のところにお世話になると決めたんですもの。それくらいこなしてみせますわ」

「頼もしいわ」


フレイア様は本当に嬉しそうに笑ってくださった。




そしてお茶会当日。


「ルシーン、私これで大丈夫かしら」

「ええ。お綺麗です」


フレイア様に作っていただいた新しいドレスに着替えた私は、何度も自分を鏡に映した。

これも新しいデザインなので、きっとご婦人たちの興味を引くに違いない。着こなせているかどうかは大事だ。

なんとか自分に及第点を出せて、胸を撫で下ろした。

そして呟く。


「身なりが整っていると、何だか無敵な気がするわ」


ルシーンが意外そうな顔をする。最近私の周りの人は、よくこの顔をするのだが。


「どうしたの?」

「いえ、クリスティナ様は、今まであまり着飾ることに興味を持ちませんでしたので」

「ああ、そうだったわね」


父から離れたことも大きいのだろう。

父はよく出かける直前などに、そのドレスはダメだ着替えてこい、と理由も言わずに反対することがあった。

だから、昔の私は自分の好みを後回しにして、とにかく怒られないような無難な格好をしていたものだ。


「お洒落って楽しいのね。やっとわかったわ」

「よかったですわ」


ルシーンがどこか感極まったように微笑んでくれた。


          ‡


そんな楽しい気持ちで参加したお茶会は、いつも以上にのびのびと過ごせた。苦手だった社交もそつなくこなし、和やかな時間を過ごせた。


お茶もお菓子もたくさんいただいた後は、それぞれ皆様、庭園などを自由に散策された。なんとなく人の動きを見守っていると、


「クリスティナ、そのドレス、やっぱり似合っているわ」


主催者として忙しいだろうに、フレイア様がそっと寄ってきてくださった。


「ありがとうございます。フレイア様もとても素敵です」


フレイア様ももちろん、マレードが仕立てた新しいドレスだ。帝国の流行を取り入れたそれは、このお茶会をきっかけに、この国でも爆発的に流行するに違いない。


「いい天気で良かったですね」

「そうね、助かったわ」


澄んだ青空が広がっていた。じゃあまた、とフレイア様はまた別の人のところに行ってしまう。

ギャラハー伯爵夫人は、ドゥリスコル伯爵とずっと一緒だった。最初に簡単な挨拶だけ交わしたが、それ以後は特にお話していない。

時間的にもそろそろ解散かしら、と私はこの後の手筈を思い返す。


——馬車の手配が出来てるかもう一度確認したほうがいいかしら?


動き出そうとしたら、


「クリスティナ様」


背後から懐かしい声がした。


「まあ、リザ様」


振り返ると、四大公爵家のひとつオコンネル公爵家のリザ様がそこにいた。


「お顔を拝見するのは久しぶりですね」


思わずそう言うと、怪訝な顔をされた。


「何言ってるの? この間、デビュタントで会ったばかりでしょう」


あ、そうだった。

咄嗟に誤魔化す。


「それくらい私には、リザ様にお会いできない時間が長く感じられたということですわ」

「あら、そう?」


苦しい言い訳かと思ったが、リザ様はまんざらでもなさそうだ。

しかし、それだけでは終わらないのがリザ様だ。

扇で口元を隠していてもわかるくらい、意地悪な笑みを浮かべて言った。


「そんな愛想をおっしゃるなんて珍しい。やっぱりあの噂は本当なのね」

「噂? なんのことですか」


とぼけているわけでもなく、本当に心当たりがないので聞き返すと、


「今、あなた、公爵家での居場所がなくなって、フレイア様のところにいらっしゃるとか」


そうおっしゃった。

私はあっさり頷いた。


「まあそうですね」


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