21、ドレス談義

          ‡


フレイア様が作ってくださったドレスが完成した。

お針子のマレードが自ら届けてくれたそれを、私の部屋でみんなが囲む。


「わあ!素敵」


流行を取り入れた新しいデザインのドレス。見てるだけでわくわくした。


「いい色だわ。地味になるかと思ったけど、そんなことなさそうね」


フレイア様が言い、マレードがお辞儀する。


「ありがとうございます」


薄い緑色をベースに、ところどころ濃い緑色でアクセントをつけたドレスは洗練されたデザインだった。レースも刺繍もふんだんに使われているのに、派手すぎない。


「確認のために、今から着てみましょうか。クリスティナ」

「それはもちろんですが……フレイア様、お忙しいのでは」


フレイア様の時間を取らせてしまうことに気が引けて、ついそんなことを言ってしまう。

しかしフレイア様は、そんな私のためらいを蹴飛ばすくらいの、明るい笑顔でおっしゃった。


「いいの。だって見たいもの! 素敵なドレスを着た素敵なクリスティナを!」

「……恐れ入ります」


全力で言われて、思わず赤くなる。


「それでは失礼ながらお手伝いしますね」


マレードとルシーン、宮廷で新たに私に付いたメイドのニナに手伝ってもらい、袖を通す。


「わあ……素敵です」

「ありがとう、ニナ」 


新しいドレスを着た、新しい私がそこにいた。


「いかがですか」


マレードは、作品の仕上がりに誇りを持つ職人の顔で微笑む。

私は感謝の気持ちを込めて、頷いた。


「ええ、どこも完璧よ。丁度いいわ」


強いて言えば、胸元が開き過ぎていないかだけ気になったが、フレイア様もマレードも、この方が絶対いいと力説する。


「前々からクリスティナには、胸元がすっきりと開いたデザインが似合うと思っていたのよ。スタイルの良さを生かせるわ」

「わ、わかりました」


そういうものかと納得した私は、別のことに気が付く。


「このドレス、ウェストをあんまり締め付けていないのに、今までより細く見える気がするわ」


マレードが説明する。


「スカートにひだを大きくいれて膨らませているんですよ。帝国の流行だとか」


フレイア様が得意気に笑う。


「私がマレードに取り入れさせたのよ」

「きっとこちらでも流行りますよ。妃殿下もお召しになりますし」


それは本当にそうだろう。一度でもこれを見た人は自分も同じものを着たくなるに違いない。

私は思わずフレイア様を見つめてしまった。


「なあに? クリスティナ」

「どうして……こんなに優しくしてくださるのですか?」


出仕したばかりで、まだなんのお役にも立てていないのに。

フレイア様は、さあ、と首を傾げる。


「わからないわ」

「そうなのですか?」

「強いて言うなら、あなたが自分から出仕したいと言ってくれた記念かしら」

「そんなこと……こちらからお願いしたことですのに」

「だって初めてじゃない? あなたが自分のために何かしようとしたの」


私はまばたきを繰り返した。


「宮廷でも、サロンでも、使用人相手でも、あなたはいつでも変わらずに一生懸命向き合ってきてたけど、自分に対しては大人しくて、ちょっと物足りなかったのよね。でも、やっと自分にもその一生懸命さを向けるのかと思ったら、楽しくなってきて」


フレイア様は面白そうに私を見つめる。


「私が楽しんでるだけだから、遠慮せず受け取りなさい」

「ありがとうございます……私、そんなふうに思われていたのですか?」

「気づかなかったでしょう」

「はい、まったく」


フレイア様は目元だけで笑った。


「もうすぐシェイマスとイリルの卒業パーティーがあるでしょう? そのときに着て行きなさい」

「あ……」


すっかり忘れていた。

アカデミーの卒業式が終わった後、婚約者や家族などを招くパーティーが開催されるのだ。


「いいんですか?」

「もちろんよ。イリルにはアクセサリーを贈らせましょう。そうだ、マレード。似たようなデザインで、もう少し普段に着ていけるものも作りたいわ。それから私にもこの流行のデザインでいくつか」

「かしこまりました。では素材を変えていきましょうか」

「そうね」


楽しいドレス談義はなかなか終わらなかった


          ‡


「本当に本当だ」

「何にですか?」

「本当にクリスティナが宮廷にいる。やっと実感できた」


数日後。

あのときマレードが持ってきてくれた、別のドレスを着て私はイリルに会った。


手紙で近況は知らせてあるとは言え、イリルは宮廷にいる私にかなり驚いたようだった。


「歩こうか」

「はい」


日傘を差す私と並んで歩く。

宮廷の中を散策する程度だけど、充分楽しかった。

横顔をちらりと拝見しようと思ったら、すぐに目が合う。


「その格好もいいね、ドレスのことはよくわからないけど、クリスティナによく似合ってる」


久しぶりに会うだけでも胸がいっぱいなのに、そんなことまで言ってくれるので、心臓がずっとうるさかった。


「派手すぎないですか?」

「いや、そんなことはないよ」


視察を終えてから会うのは初めてで、とにかくイリルの目に映る自分が一番よいものであるように願って準備した。

ルシーンやニナ、フレイア様はとてもかわいいと言ってくれたけど、イリルがどう思うか心配だった。でも。


「久しぶりだからか、照れて直視出来ないくらいかわいい」


思わず立ち止まって赤面する。

ところが。

日傘越しに覗くと、イリルも耳を赤らめてそっぽを向いている。


「本当に照れていらっしゃるんですね?」

「言ったじゃないか」


言葉通りなので少し笑ってしまった。

そこから、和やかに散策を楽しんだ。


「——え? ミュリエルもフレイア様のお話相手を希望しているんですか?」


久しぶりに妹の名前を聞くまでは。

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