20、ドーンフォルトも同じだろう
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「ご苦労だった、イリル」
「いえ、陛下。とんでもございません」
ブリビートの村から戻ったイリルは、父であり、国王であるファーガル・オトゥール1世に会議室で向かい合った。
人払いしているため、イリルとオトゥール1世の二人だけだ。
「よい、楽にせよ。それでどうだった」
オトゥール1世は、自分の国を守るために今なお鍛錬を欠かさない。精悍な顔つきと年齢を感じさせない逞しさにそれが現れている。
「はい。村でのことなのですが——」
負けじと声を張って、イリルは手早く報告した。
「ふむ……魔とな」
立派な髭を触りながら、オトゥール1世は呟く。
「そのリュドミーヤという老婆は、確かにそんなことを言ったのだな?」
「はい。私も墓石に刻まれた日付を先に見ていなければ、信じられなかったでしょう」
あの後、村を見て回ったイリルは、村全体が家族を亡くした悲しみに包まれているのを感じた。
啜り泣く声、締め切られた扉。主人を失った畑は荒れていた。
「それは元を辿れば、『魔』のせいだとリュドミーヤは言うのです」
善の邪魔をし、聖を葬ろうとする。
それが魔で、それを防げる聖なるものを探してくれと。
「それで、守り石を握りしめて生まれてきた女の赤ちゃんを探せ、というわけだ」
オトゥール1世は皮肉げに笑った。
その笑いに込められた意味をイリルはまだわからなかった。
ただ、疑問を口にする。
「陛下、正直に申し上げます。こうしてあの村から離れると、リュドミーヤの訴えが、現実味のない空想のようにも思えるのです」
リュドミーヤ自身は嘘をついているつもりがなくても、思い込んでいるだけという可能性もある。
「石を握りしめて生まれてくることなんてありますか? 仮にそうだとしたら、誰かが後から赤ん坊に握らせたのでしょう。そんなの、いくらでも偽造できる」
王はその瞳に、楽しそうな色を浮かべた。
「戸惑うのはわかるがイリル、その件についてはその通りなのだ。石を持って生まれる赤ん坊は、ごくたまに存在する」
イリルは眉を上げる。
「まさか、本当に?」
王は頷く。
「以前、お前にも少し話したな。ペルラの修道院を作ったシーラ様も、実は聖なる者だったんだ。だから現れないことはない」
「そうなのですか……」
イリルはそこで不意に自分の婚約者を思い出す。シーラ様と同じように時を巻き戻ったクリスティナのことを。
——もしかして? いや、まさか。守り石のことなど聞いたことはない。
イリルはすぐに自分の考えを振り払った。
王はイリルのそんな葛藤など知らず、話を続ける。
「守り石を持って生まれてくる子供に関しては、今まで二重三重に箝口令が敷かれていた。お前が知らないのも無理はない。さらに、なりすましを防ぐためにも、確かめる方法が王家には伝わっている」
「なりすましを防ぐ方法? そんなのがあるのですか?」
「ああ。だが、いざというときまでは公表するわけにはいかない。お前にもまだ言えない」
イリルは頷いた。
「承知しました。では、リュドミーヤの言うことは本当なのですね。本当に魔と、聖なる者が存在する」
そうだ、と王は答えた。
「もちろん、いろんな可能性を考えなくてはいけない。死因が本当に事故なのかも、改めて人をやってじっくりと調べさせよう。特別な子供についてはこちらでも調べる」
はい、とイリルは気持ちを切り替える。王はひときわ厳しい目で言った。
「しかし、秘密裏に動けよ。私がいいと認める人物以外にこのことは漏らすな」
「もちろんそのつもりですが」
王は窓の外に視線をやった。ここからは見えるはずのない、遥か向こうのドーンフォルトを見通すように。
「聖なる者が欲しいのは、ドーンフォルトも同じだろう。油断はできない。こちらの聖なる者を攫うかもしれない」
イリルは頷いた。
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「お父様、いつ! いつ私を宮廷に連れて行ってくださるの?」
今日も自分の要望を言い募るミュリエルに、
「うるさい!」
オーウィンは手にしていたグラスを床に投げつける。
——ガシャン!
大きな音がしてグラスは割れる。
誰もがそれでオーウィンに、怯える。
なのに、ミュリエルは怯まない。一瞬だけ感情を映さない瞳になるが、すぐに同じことを言い募る。
「お姉様に会いたい! 会いたいの! ずるい、お父様ばっかり宮廷に行けて」
仕方なく、オーウィンはその場凌ぎの嘘をつく。
「勉強すれば宮廷に連れて行ってやろう」
「絶対よ?」
けれどすぐに同じことの繰り返して、オーウィンはうんざりと呟く。
「クリスティナは妹を甘やしすぎだ……おかげで、こっちに皺寄せがくる。困ったもんだ」
なんとかクリスティナを呼び戻さなくては。オーウィンはため息をついた。
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