13、他の誰かに見えるっていうの

        ‡


「あの、クリスティナ様?」


令嬢たちは、まさか私がミュリエルをかばうなんて思ってもいなかったようだ。驚きと戸惑いを隠せない様子で、まじまじと私を見つめる。

負けじと見つめ返したおかげで、ようやく彼女たちの名前を思い出した。


——ディアナ男爵令嬢に、エリカ子爵令嬢、ヘルミーナ伯爵令嬢。


どなたとも、それほど親しい間柄ではなかった。

だからこそ、これを契機に仲を深めようとしたのかもしれない。

ディアナ男爵令嬢がおずおずと口を開く。


「本当にクリスティナ様ですよね?」


そんな質問をするくらい、彼女たちにとって私の行動は意外だったようだ。

私は腕を組んで、わざと尊大な態度で答えた。


「当たり前じゃない。他の誰かに見えるっていうの?」


三人とも黙り込む。

私の真意を計りかねているのだろう。

そこを畳み掛けるように言った。


「確かにミュリエルも非常識な行動をしたかもしれない」

「そうですよね!」

「でも、あんなふうに大勢で一人を取り囲むなんて、そのほうが私にははしたなく思えるわ」


私は、一人ずつ、きっちりと目を合わせて告げた。


「今この場で、ミュリエルに謝罪するのであれば、今回は不問にします。次、同じことがあるようなら、私にも考えがありますので」


今まで他人に怒ったところを見せたことのない私がそこまでいうのだ。

三人はすぐにミュリエルに謝罪した。

ミュリエルは終始、無表情だった。


しかし、令嬢たちが立ち去るとすぐ、ミュリエルは私を睨み付けた。


「余計なことしないでよ! お姉様のそんな善人気取りなところ、大っ嫌い!」


手を出さなかった自分を偉いと思う。

代わりにこちらも言い返した。


「あら、奇遇ね。私だって、この状況でお礼も言わないあなたが大っ嫌いよ」


そして、失礼、とパーティに私だけ戻った。


「何よ、何よ何よ!」


背後からミュリエルの叫び声が聞こえたけれど、振り返らなかった。




「戻りましたわ」


大広間は、私がいなかったことなど誰も気づいていないような盛況ぶりだった。


心配そうな顔で待っていたお兄様の横に素早く立つと、お兄様は困ったように聞いた。


「なんで一人?」


私は感情を声に乗せないようにして答えた。


「お兄様。八つ当たりされたくなければ、それ以上聞かない方がよろしいかと」


お兄様は肩をすくめた。


        ‡



国境近くのブリビートの村に到着してすぐに、イリルはそれを目に止めた。


「あれはなんだ?」


遠目によく見れば、山肌に点在する岩のいくつかが、規則正しく並んでいる。


「岩、ではないのですか?」


側近のブライアンの答えに、イリルは馬上で首を振った。


「おそらく違うな」

「では一体?」

「いや……まずは、あそこまで行こう」


休む間もなく、イリルたちはその岩の近くまで登った。


国境近くのブリビートの村は、標高高い山岳地帯にある。

石を積み上げて出来た家々は、万が一の奇襲に備えてかなり頑丈だ。


幸いにもここしばらくは、隣国ドーンフォルトとは落ち着いた状態が続いていると聞いていたイリルだが、なぜかその岩が気になった。


勾配はどんどん急になり、最終的に馬を置いて歩いかねばならないほどだった。


間近まで来てようやく、違和感の正体がわかった。


「やっぱりお墓だ」


岩だと思ったものは簡素な墓石だった。


それぞれ名前と、生まれた日、そして亡くなった日が彫ってある。

それらを読みながら、イリルはあることに気が付いた。


「ん?」


疑問を深めるように、周りの墓石をいくつか調べる。

やはり、と頷いた。


「どうされましたか?」


不思議そうなブライアンに、声だけで答えた。


「十数人ほどがこの1ヶ月に相次いで亡くなっている」

「え……まさか」


驚いたブライアンも膝を付いて確かめた。


「本当だ……」


イリルは腕を組んだ。


「これについて、何か聞いているか?」

「申し訳ありません、報告は受けていません」

「だな。私も聞いていない。ブライアン、村に行って事情のわかる者を連れてきてくれ。我々はしばらくここで他の墓石を調べておく」

「承知しました」


ブライアンはすぐに村に向かった。


王の遣いが来ることは知っているはずだ。すぐに村長が現れるだろうと、イリルはじっくりと墓石を見て回った。


その十数人以外は、特に変わったものはなさそうだ。


——流行り病だろうか。


宮廷に連絡が来ていないということは、ごくごく最近のことでまだ落ち着いていないということか。


——だとしたら厄介だな。


「デニス」


年若い部下が飛んでくる。


「私がよしというまで、全員、持ち込んだ食料と水でしのぐよう通達せよ」


幸い自分たちは到着して間もない。

離れて野営することで共倒れは回避できるだろう。ゆっくり駐屯して疲れを癒してやりたかったが、仕方ない。


「かしこまりました!」


入隊したばかりのデニスは、イリルに命令されたのが嬉しい様子で、すぐに辺りを駆け回った。


「嫌な予感がするな」


イリルは思わず呟いた。



  

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