14、お言葉ですが


          ‡


結局誕生日パーティが終わるまで、ミュリエルは戻ってこなかった。

三人の令嬢たちもそそくさと帰ってしまったが、構わない。


言いたいことを言えた高揚感からか、その夜はなかなか眠れなかった。指先まで力がみなぎる気がしたのだ。

性格悪くなるのも結構快適だ。

そんなふうにさえ思えた。

翌朝、お父様と食堂で顔を合わせるまでは。



次の日。


「……おはようございます」


いつものように食堂を訪れた私は、父とミュリエルがすでに座っていることに驚いた。


「おはようございます、お姉様」

「おはよう、ミュリエル」


普段はもっと遅い時間に朝食を摂る二人なのに。

すぐ後に現れたお兄様も、同じことに驚いたのだろう。少しうわずった声で挨拶をした。


「おはようございます」

「お兄様! おはようございまぁす」


ミュリエルが甘えた声を出す。

そこに父が口を挟んだ。


「シェイマスはいつアカデミにーに戻るんだ?」


お兄様は着席しながら答えた。


「もうすぐです」


トーマスが卵料理とスープを給仕し、一見和やかに朝食が始まった。

昨夜の疲れが残っていた私は、果物だけなんとかいただきながら、父と兄の会話を聞いていた。


「卒業は問題ないか」

「当たり前ですよ」


卒業後、お兄様はしばらくの間文官として宮廷で働くことになっている。

本来なら父の片腕として公爵家で采配を振るうべきなのだが、本人の強い希望でイリルの補佐としてまずは見聞を広めるのだ。


——イリル、元気かしら。まだ国境よね。


イリルのことを思い出した私は、自然と優しい気持ちになった。


「クリスティナ、昨日のパーティは盛況だったな」

「お父様のおかげですわ」


父に話しかけられても、微笑んで答えることができた。

昨夜の父は天鵞絨の深い緑色の上着を着ていた。目にするたびに冷めた気持ちになったが、今さらそれを言うつもりはなかった。


「クリスティナ」


なのに、父の声が少し低くなった。

条件反射で私の体は固くなる。


「なんでしょうか?」


それでも返事はしなくてはいけない。黙っていると余計に怒られるから。


「姑息な手を使うんじゃない」

「え?」

「しらばっくれて」


本気でなんのことかわからない。父はため息をついた。


「友人の令嬢たちを使って、よってたかってミュリエルを虐めただろ?」

「それは!」


誤解だと言いたかったが、父はさらに続けた。


「ミュリエルが令嬢たちに囲まれていたところを、パーリックが見ていたんだ。ミュリエルに確かめたら、お前もいたと。怖かったと泣いていたぞ」


パーリックとは使用人のことだ。

昨日、どこからか一部始終を見ていたのだろう。

そしてそれをミュリエルが利用した。


「少しは年長者としての自覚を持ったらどうだ。姉として妹を守らなければいけないのに」


ミュリエルに目をやると、泣きそうな顔で呟いた。


「仕方ありませんわ……私なんてつまらない者ですもの。お姉様に大嫌いと言われても当然です」


事情を知らないお兄様は、怪訝な顔で私とミュリエルを交互に見ている。

最悪だ。

あまりに一方的な叱責に、私は息を深く吸い込んだ。


「お父様、そのことですがーー」

「本当に、アルバニーナそっくりだな。可愛げがないのなら、せめて気立てだけでもよかったらいいものを」


それを聞いた瞬間、言い返す気力が失われた。

何を言っても、父の中の私が変わることはないのだ。

私が母の娘である限り。


「お父様、お願い。そんなきつく言わないで……お姉様だって反省していらっしゃるはずよ」


涙ぐんでわずかに肩を震わせるミュリエルは、本当に可憐だった。


「ミュリエルが天使みたいでよかったな。早く謝りなさい」


父がそう言ったとき、ミュリエルは勝ち誇ったような瞳で、一瞬私を見た。


「……」


すべてがめんどくさくなった私は、ただ黙っていた。すると。


ガシャン!


父が乱暴にテーブルを叩いた。

何枚かのお皿が跳ねる。

再び、私は体を震わせた。


「都合が悪くなると黙るんだな! どこまでもアルバニーナにそっくりだ」

「そ、そんなこと……」


おどおどした目をしてしまった。

怖かったのだ。

この場をやり過ごすために、謝った方がいいのかと思っていたくらいだったが。


「お言葉ですが、父上」


お兄様が唐突に口を挟んだ。

そんなことは初めてだった。

私も、父も、ミュリエルも、一斉にお兄様を見つめた。


「クリスティナがミュリエルになにかするところをはっきり見たのですか?」

「いや、はっきりではないが、あの母にしてこの娘ありだ」

「だからですよ」


私はぎゅっと目をつぶった。本当は耳も塞ぎたかった。

だが、私の予想に反して、お兄様はいつものように飄々として言った。


「母上もクリスティナも完璧な淑女です。そんなことするはずありません」


ガシャン!!


父が苛立ったように、テーブルを再度叩いた。

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