10、あのドレスも素敵だった

それからしばらくは、お茶とお菓子を楽しみながら取り止めのない話をした。

ドレスの色選びで私がどれほど苦労したか、一部始終を話すとイリルは大笑いした。


「それはぜひ見たかったな」

「でしょう?」


私も笑ってしまう。


「視察先をもっと近くに変えたいくらいだよ。そうしたら、君のドレスと、オフラハーティ公爵の桃色の上着に間に合うように帰ってこれる」


私はそっと聞いた。


「どちらまで行かれますの?」

「ドーンフォルトの国境近くだよ。陛下からのご指名じゃなければ断るのに」


イリルはさらりと答えたが、重要な任務だった。


海に面した小国である、我がカハル王国は、背後に連なる山脈のおかげで大国の侵略は免れている。

が、いつ何が起こるかはわからない。


ドーンフォルト国は、山脈の向こう側に位置する国だ。今までに何度もこちらに攻めようとした。

だから、牽制を込めて、定期的に国境付近を視察するのは、とても大事なことだった。

私はなんとか励まそうと、イリルを見つめる。


「アカデミーの卒業も近いですし、いよいよ責任のあるお役目を任されるようになってきたのは、素晴らしいことだと思います」

「光栄だよ。でも」


イリルは肩をすくめた。


「クリスティナのデビュタント後、初めての本格的なパーティーなのにエスコートできないのは、やっぱり残念だ」

「それならお兄様が代わりをしてくれますから、ご安心ください。私、立派に主役をやり遂げてみせますわ」


ふむ、とイリルは腕を組んだ。

それから、もう一度私に聞く。


「普段から本ばかり読んでいるシェイマスを引っ張り出すのに、かなり苦労しただろう?」

「なんだかんだで妹思いなところありますから」


嘘だった。何通も手紙を書いてやっと説得した。

でもそんなことは言えない。


「どうぞ気になさらないで」


イリルはふふっと笑った。   


「クリスティナ、気付いてる? 君、さっきから淑女の鑑みたいなことしか言ってないよ」

「え?」


そして私の瞳を覗き込む。


「どうせならそうじゃない言葉が聞きたいな」


私は慌てて首を振った。


「それとこれは別ですわ。そもそも淑女の鑑をやめるのは、ミュリエル限定のつもりですし」


だがイリルは引かない。


「身に付いた習慣は簡単には変わらないよ。練習だと思って、淑女らしからぬ、今の本当の気持ちを言ってみて」

「言っても、困らせるだけです」

「困ってもいいよ」


案の定、イリルは引かない。私は赤くなる頬を隠すように横を向いた。

イリルは諦めたように呟く。


「ということは、さっきのがクリスティナの本当の気持ち? シェイマスがいれば構わない?」


——違う。


シェイマスお兄様に不満がある訳じゃないけれど。

辺りを見回した私は、思い切って小声で打ち明けた。


「どうせなら私も……イリルにエスコートしてもらいたかった。アメジストに合わせたドレス、見ていただきたかった……です」


言い切ると不思議と清々しい気分になった。

ミュリエルを邪魔者扱いしたときには湧かなかった感覚だ。


——はしたないかもしれないけど、言ってよかったのかもしれない。


そう思って視線を上げると、ぼんやり私を見つめるイリルがいた。


「イリル?」


そんなことは珍しいので思わず声をかけると、はっとしたようにまばたきをした。それから。


「あーあ。僕も、かなり見たかったよ、君のドレス姿」


心から残念そうに、言ってくれた。


          


そんなふうにお茶会は無事に終わった。別れ際に、また手紙を書き合う約束をした。


「戻ってきたら、会いにくるよ」

「楽しみにしてます」


イリルとの些細なやりとりをひとつひとつ大事に思い返しながらも、日々は忙しく、私はパーティーの準備に明け暮れた。


          ‡


そして、誕生日当日。


望み通りの紫のドレスを着つけた私は、鏡越しにルシーンに聞いた。


「おかしくない?」

「とてもお綺麗です」

「ミュリエルも出席よね?」

「はい、ですが今日はまだお姿を拝見しておりません」


拗ねているのか、あれ以来ミュリエルは私と顔を合わさないようにしていた。

少し不穏な予感もしたが、今日ミュリエルが部屋から出てこなかったら、気分が悪くなったようだと誤魔化すつもりだった。


——でも、あのドレスも素敵だったから、出てくるんじゃないかしら。


ちらりと見たミュリエルの桃色のドレスは、思った以上にかわいらしく、ミュリエルのあどけなさをうまく引き立てるだろう。


「お父様もいらっしゃるのね?」

「先ほどお見かけしました」


お父様も忙しかったのか、まったく話す機会がなかった。


——まあ、それはいつものことね。


そこに控え目なノックの音が響いた。

返事をすると、お兄様だった。


「準備はできたかい」

「ええ、お兄様。今日はわざわざありがとうございます」


頷いたシェイマスお兄様は、すぐに私を促した。


「もうかなり集まっているみたいだ」

「まあ、急がなきゃ」


正装したお兄様の隣に立つ私は、銀髪に合う紫色のドレスに、イリルから贈られたアメジストを付けている。

満足して、大広間に向かった。


「クリスティナ様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「なんてお美しい」


あっという間に囲まれた。

口々に挨拶を交わすと、何人かが物言いたげに黙り込むことに気がついた。


「どうされました?」


そのうちの一人に声をかけると、扇で口元を隠しながら、説明してくれた。


「あの、申し訳ありません、わたくし、てっきりあちらの方がクリスティナ様だと思っていて——」


そこまで聞くと、もうわかっていた。


「どういうことだ?」


隣でシェイマスお兄様が呟く。


「お姉様、お誕生日おめでとうございます!」


駆け寄ってきたミュリエルのドレスは、私とまったく同じ紫色だった。

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