11、せっかく同じ色にしてあげたのに

大勢の人が集まった公爵家の大広間で、まったく同じ色のドレスを着た私とミュリエルが向き合った。

シェイマスお兄様の、思わず囁いてしまったと言わんばかりの、


「嫌がらせか?」


という率直な物言いに、思わず吹き出しそうになる。

私も同じように、お兄様にだけ聞こえるように囁く。


「お兄様、ここは私に任せてくださらない?」


戸惑いを見せながらも、お兄様は小さく頷いた。


「意外と落ち着いてるな」

「ええ、まあ」


私は曖昧に微笑むにとどめた。


——だって、二度目だもの。


余裕があるのか、「前回」の私には見えなかったことが見え、聞こえなかったことが聞こえる。

例えばこんな貴婦人たちのひそひそ話も。


「……同じだなんて」

「妹君だとか……」

「ああ、引き取られたとかいう」

「でも、仲の良さを見せつけるにしては……ちょっと非常識では」


白い目を向ける方の大半は、イリルの婚約者候補として名前が上がったを貴族令嬢達だ。

彼女たちは隙あらば、私を引きずり下ろそうとしている。

そんなことはさせませんけど。

様々な思惑と、好奇心に満ちた視線が、ミュリエルから私に移る。

たっぷりとそれを浴びてから、私は口を開いた。


「ミュリエル」


令嬢らしく、姉らしく、穏やかに呼びかける。

ミュリエルは頬を薔薇色に染めた。


「お姉様! おめでとうございます! とても素敵な誕生日会ですね!」

「ありがとう」


私は鷹揚に頷いてから、


「それで、どういうことなのかしら?」


ミュリエルはなんのことかわからない、という顔をする。重ねて尋ねた。


「あなた、どうして私と同じ色のドレスを着ているの? 確か桃色のドレスにしたんじゃなかったかしら」


ミュリエルは満面の笑みを浮かべた。


「やっぱりお姉様と同じ色を着たくて、こっそり作ってたんです! 喜んでもらえました?」


どこまでが本心なのかはわからない。ただ、そう言って笑うミュリエルはとても愛らしかった。

しかし。


「そうだったのね、でも」


私は無慈悲に伝える。


「今すぐ着替えてらっしゃい」


ミュリエルは口をぽかんと開けた。


「着替え?」

「髪が乱れたらそれも直すのよ」

「どうして……なんで?」

「紛らわしいからよ」

「でもせっかく……お姉様と同じで……」


周りが聞こえよがしに囁いた。


「まあ、まだ社交界の常識もご存知ないのだわ」

「無理もありませんわ。だって、ミュリエル様のお母様って……ねえ?」

「ですが、それならクリスティナ様がきちんと教えてあげるべきでは?」


それら全部に聞こえないふりをして、私はほんの少し眉を下げた。

困った顔に見えるように。


「ミュリエル……あなたって本当に可愛いわ」


シェイマスお兄様がものすごい勢いで私に怪訝な表情を向けたが、余計なことは言わないように、目で制した。お兄様の動きが止まる。


——次からは気をつけまぁす。


私だけが、「前回」のあのミュリエルを知っている。

だから、なんとかできるのも私だけ。


——お姉様のもの全部欲しいの。


あの言葉がずっと耳に残っている。


ミュリエルが、本気で私に憧れて、同じ色にしたわけじゃないのはわかっている。

私のものが欲しいだけ。

私と同じ色のドレスを着て、私と自分を比べさせ、その上で自分の方を多く褒めて欲しいのだ。


——本当に、欲張りね、ミュリエル。


私への称賛まで欲しがる妹。

だけど、今回はそんな簡単に奪わせない。


「ミュリエル、何度も言っているでしょう? あなたもそろそろ淑女にならなくちゃ」


ミュリエルは、見る見るうちに涙を浮かべた。


「ひどぉい……!」


悲しげに訴える。


「せっかく私が……お姉様と同じ色にしてあげたのに……ひどい」


正直に言うと、ドレスの色なんかどうでもよかった。それで私の何が変わるわけではない。


——だって、私は何も失わない。


だからこれはむしろ親切だと思って欲しい。

私はミュリエルの手を取った。

ミュリエルは本気で驚いたように目を丸くした。


「大丈夫よ」


人々の注目を感じながら、私は言う。


「なんでも私と同じじゃなきゃ自信がないのね。あなたは十分可愛らしいのに」


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