8、少しでも時間を無駄にしたくない

私は呆然として立ち上がった。


「ミュリエル? あなたどうしてここに?」

「苦労しましたわ、お姉様。サロンにもお姉様の部屋にも行ったのに、誰もいなくて。随分探したのよ」


微妙に噛み合わない答えに、私はくらくらした。

私とイリルのお茶会にどうしてミュリエルも参加する前提なのだろう。

だが、思い返せばミュリエルは、私の十五の誕生日以来、やたらと私とイリルの間に入ってこようとしていた。

あの頃は単に寂しがっているだけだと思っていたが、別の思惑もあったのかもしれない。

私は出来るだけ優雅に見えるように意識して立ち上がり、イリルに詫びた。


「大変失礼しました、イリル様。少しだけ妹と話をしてきてもよろしいでしょうか?」


イリルは意外そうな瞳で私を見てから、頷いた。


「もちろん構わないよ」

「ありがとうございます……ミュリエル、こちらにいらっしゃい」


私は、ミュリエルを東屋から少し離れたところに連れて行く。

私らしからぬ迫力に、文句を言いながらもミュリエルは付いてきた。


「な、何よ」


庭師のキアンが丹精込めて作ったつる薔薇のアーチの下で、私はミュリエルに向かい合う。

ため息をついてから、言った。


「いい? 今日のお茶会にあなたは呼ばれていないの。殿下には私からお詫び申し上げますから、あなたはここから部屋に戻りなさい」


ミュリエルはぷいと横を向いた。


「また私だけ仲間外れにするつもりね。お父様に言いつけてやるから」


その態度に笑いが込み上げてきた。


「仲間外れ? 全然違うわ」

「お姉様?」

「こういうのは仲間外れとは言わないわ。あなたはただの邪魔者よ」


ミュリエルは当てが外れたような顔をして、こちらを向いた。私はまっすぐにミュリエルの目を見る。吸い込まれそうに大きな青い瞳が揺れている。


「言っておくけれど、これからも殿下とのお茶会に、あなたを呼ぶつもりはないわ。殿下がいらっしゃったときは部屋に入っていなさいね」


青い瞳に見る見る涙が盛り上がる。


「ひどい……どうしてそんな意地悪言うの……お姉様は私が嫌いなのね」

「そんなことは言っていないわ。殿下はお忙しい時間を割いて来てくれているのよ。私は少しでも時間を無駄にしたくないだけ」


ミュリエルはぽろぽろと大粒の涙をこぼして、囁くように言った。


「そんな……お姉様は、私との時間が無駄だと言うの?」


ミュリエルは、少しだけ首を傾けて、悲しそうに肩を震わせた。

つやつやの頬に水晶のような涙が転がる。

そんなミュリエルににこりともせず向き合う私は、ただ背筋を伸ばして立っているだけだ。

遠くから見れば、私が一方的にミュリエルをいじめているように見えるだろう。


だからこそのアーチの下だった。

ここなら誰にも見られない。

泣き出すミュリエルを慰める役目はもう、担わない。


「はっきり言って欲しいなら、言ってあげるわ。あなたとの時間は無駄よ」


ミュリエルは会話の中心という立場さえも欲しがった。

だから私はいつも聞き役だった。

でも、同じことは繰り返さない。

三年後に殺されるかもしれないのだ。

わずかな時間だって惜しい。


「私が何をしたっていうのお姉様——」

「ルシーン」


ミュリエルの反論を聞かず、私はルシーンを呼んだ。


「はい」

「トーマスに頼んでミュリエルを部屋に送らせて。私は殿下と大事なお話があるの」

「かしこまりました」

「お姉様!」

「あと、マリーにお茶のお代わりを持ってくるようにお願い。冷めてしまったわ」

「お姉様! もう!」


真っ赤になったミュリエルをルシーンに任せて、私はイリルのところに戻った。

イリルは好奇心に瞳を輝かせて、私を見つめた。

公爵令嬢らしく、スカートをつまみ頭を下げる。


「先程は大変失礼しました。妹は部屋に戻らせましたので、私からのお詫びでご容赦くださいませ」

「妹君を置いてきたの? 珍しいね」


私は思い切って、切り出した。


「イリルに大事なお話があって、特に今日は二人でいたかったの。もう少し、声が聞こえるくらい近づいていいかしら?」


イリルは興味深そうな顔になる。


「もちろんいいよ、クリスティナ。どうぞ話して」

「ありがとうございます……でも、少しお待ちになって」


私は深呼吸した。


「そんなに言いにくいことなの?」


私の緊張をほぐすためか、イリルがそう聞いてきた。


「そう。その、こんなことを話して私がおかしくなったと思われたらどうしようかと」


しかし、どう切り出しても、おかしな話には違いない。

三年後から巻き戻ったんです、なんて。

覚悟は決めていたが言いあぐねる私に、イリルはゆっくりと口を開いた。


「それじゃあ僕から先に質問していい?」

「ええ、どうぞ」


イリルは持ち上げていたカップを置いて、にっこりと笑った。

だが、その緑色の瞳は細められただけで笑っていないことに私は気付いた。


「ねえ、クリスティナ」


私は緊張して顔を上げた。


「君は誰なの?」


こういうときのイリルはいつも核心を突いたことを言ってくることを知っているから。




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