6、誤解させてしまったかもしれません

明るい金髪に、青空のように澄んだ青い瞳。

父とミュリエルは、本当によく似た容貌だ。

違いと言えば、目の光だろうか。

やや垂れ目のミュリエルは甘えた雰囲気で相手を見つめるが、公爵家当主である父は、さすがの鋭い目つきで人を圧する。

今も、その強い眼差しを惜しみ無く私に向けていた。


「クリスティナ、答えろ。どういうことだ」


オフラハーティ公爵家で、父の言うことは絶対だった。


「だんまりか? まったく、そういうところはアルバニーナそっくりだ。子供のくせに生意気な」


アルバニーナとは、私と兄の母のことだ。私が六歳のときに、三十歳の若さで亡くなった。

政略結婚で情がなかったのか、父は母の名前を決していい意味では出さない。

そのため、私と兄にとって母の名前は、ほろ苦い感情を呼び起こすものでもある。

いい子でいなければ。

母のために。

公爵家のために。

かわいそうなミュリエルのために。

そう思ってしまうのだ。


——「前回」までは。


「お言葉ですが、お父様」


だけどもう、同じことを繰り返すわけにはいかない。


「私はもう、子供ではありませんわ。次の誕生日で十五です」


立ち上がった私は、正面から父と向き合った。


「ふん、何を言うかと思えば、当たり前のことを」


不機嫌そうに父は続ける。


「だから、その誕生日パーティでお前がミュリエルをーー」

「ですから!」


私は生まれて初めて父の言葉を遮った。


「な……?!」


驚いている隙に、言葉を足す。


「父親とはいえ、ノックもせずに扉を開けるのは控えてくださいませ」


父の唇がわなわなと震えた。


「私に指図するつもりか?」

「……お願いを申しております」

「何様のつもりだ! 私は父親だぞ! この家の主人でもある!」

「もちろんですわお父様。ですが、ご覧ください」


私はテーブルの上のスープ皿に目線を移す。


「今は食事中でしたからまだよかったものの、もう少し後でしたら、私、着替えていましたわ。どうかこれからは、きちんとノックをしてくださいませ」


凛として、背筋を伸ばして、私は父を見つめた。

こんなこと、大した主張ではない。貴族の家では当然守られるべきマナーだ。

私は正しい主張をしている。

なのに、情けないことに。


——どうしようもなく手が震えた。


誤魔化すためにも、思い切り拳を握りしめた。

張り詰めた空気に、上手く息が吸えない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

もし今父に怒鳴られたら、私は叫び出すかもしれない。どうしよう。

高まった緊張に押し潰されそうになった私を救ってれたのは、


「僭越ながら、よろしいでしょうか、旦那様」


父に向かってお辞儀をしながらそう言った、ルシーンだった。


「なんだ、ルシーン」


ルシーンが父に口を挟むのは珍しいことだった。

だが、堂々と告げた。


「クリスティナ様は最近特に一生懸命、第二王子妃としての振る舞いを学ばれています。ここはクリスティナ様が成長なさったと思って、譲っていただけないでしょうか」


父は、しばらく私とルシーンを交互に睨みつけていたが、やがて、


「ふん、まあいい。確かにさっきのは私が不調法だったな」


と、こちらの言い分を認めた。


——お父様に言い返せた!


力が抜けそうだったが、急いで、ありがとうございます、とお辞儀をした。ルシーンもそれに倣う。


「だが」


それでもまだ父は言う。


「ミュリエルを家族扱いしなかったことは聞き逃せないぞ?」

「そのことなのですが、お父様」


ルシーンのおかげで落ち着けた私は、わざと困惑した表情を作って言った。


「私、ミュリエルを誤解させてしまったかもしれません」

「誤解だと?」

「はい。ミュリエルは自分も家族の一員と思えるように、同じ色のドレスを作りたいと言ってました」


父はしみじみと頷いた。


「その通りだ。それをお前に断られ、あまつさえ、家族ではないと言い切られ、悲しかったと泣いていたぞ。いくら優秀でも、妹に優しく出来ないとは情けない」


言い返したいことは山ほどあったが、とりあえず我慢した。


「ああ、やっぱり……きっと、私の言い方が悪かったのでしょうね」


こちらも負けないくらい悲しそうな顔を作る。


「お父様、私が言いたかったのは……同じ色のドレスなど着なくても、ミュリエルは私たちの家族なのだということなのです」

「なんと?」

「説明したつもりなのに、通じていなかったのは私の不徳の致すところですわ。私、後でミュリエルにきちんと謝っておきます」


父は納得したようだった。


「そうか。ミュリエルも勘違いしたのかもしれないな、だが、ドレスの色はどうする? 誤解なら同じ色にしてもいいんじゃないか」


しつこいな、と思いながらも私は困惑した表情を続けた。


「それが……今回のドレスの色は、イリル様が贈って下さった宝石に合わせてのこと。なのにミュリエルも同じ色だと、イリル様に申し訳が立ちませんわ」

「そういうものか? しかしーー」

「そうだ! お父様! 私、いい考えが浮かびました」


いかにもいいことを思い付いたかのように、私ははしゃいだ声を出した。


「な、なんだ?」


そんな私は初めてなので、父はかなり戸惑った様子だ。そのまま押し切る。


「同じ色でないと家族ではないというのなら、ミュリエルとお父様の上着の色をお揃いにしてはいかがでしょうか? 桃色など、どうですか? ミュリエルにぴったりです」

「つまり、私も桃色か!?」

「ええ。それならミュリエルだって寂しい思いはしないのではないでしょうか? お父様とミュリエルも、家族ですもの」


桃色の上着を着た公爵様を想像した私は、笑いたくなるのを我慢した。

父は突然声のトーンを落とした。


「うん……まあ、ミュリエルには違う色でも家族は家族だとわかってもらう方がいいかもしれないな」

「前向きにご検討くださいませ」

「食事の途中だったな、続けなさい」


そして、そそくさと出ていった。

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