5、今回は譲れない

だけどそれで納得するミュリエルではない。


「お姉様、今、なんておっしゃったの? 私、聞き間違えたのかしら」


首を傾げて、そんなことを言う。


「あなたは薄い桃色のドレスにしなさいって言ったのよ」


仕方なく私は、この上なく優雅に微笑んで、同じ言葉を繰り返した。

ミュリエルは、青い瞳を潤ませる。


「そんな……どうして? 私と一緒の色は嫌なの? お姉様は私を家族と認めてくれないの?」


その台詞をお父様が聞いたら、きっと私が叱られる。

以前の私なら、そう思っただけで胸がギュッとなり、ミュリエルの願いを叶えてあげていた。

だけど、今は違う。

むしろ冷ややかな気持ちで、ミュリエルと向き合っていた。


「お姉様……どうして何もおっしゃってくれないの」


ついに泣き出したミュリエルをそのままにして、私はルシーンに言う。


「ルシーン」

「はい」

「熱が上がってきたみたい。少し寝るわ」

「かしこまりました」


ルシーンはさっと、ミュリエルに頭を下げた。


「そういうわけですので、ミュリエル様、お戻りください」

「……そんな」


不満そうなミュリエルだったが、やがてめそめそと泣きながら出ていった。

ようやく眠るその前に、私はルシーンに言い添えた。


「ゆっくり眠りたいから、もう誰も入れないでくれる?……お父様でも」


ルシーンは頷いた。


「お任せください」


ほっとした私は目を閉じながら、「前回」の出来事を思い返した。

「前回」の私の十五の誕生日パーティー。

あのときは、見事にミュリエルが主役だった。


          ‡


その日。

薄い紫色の上品なドレスと、イリルから贈られてきたアメジストのアクセサリーを合わせた私は、現れたミュリエルを見て驚いた。


「お姉様、お誕生日おめでとうございます」

「ミュリエル、あなた、その色……」


私は呆然とした。

暗い紫にするという約束が、まったく守られてなかったのだ。


「これですか? 私もびっくりしました。でも、今さら間に合わないからいいだろうってお父様が」


ミュリエルは、私とそっくり同じ色で、かつ、私よりも派手なドレスとアクセサリーを身に付けていた。


「次からは気を付けまぁす」


そう言って微笑むミュリエルが、どう見てもその日の主役だった。

事情を知らない何人もの招待客が、私とミュリエルを間違え、その度にミュリエルは上目遣いに訂正した。


「うふふ、違いますわ。私は妹ですの。ええ、あちらの隅にいるのがお姉様です」


だけどそれだけなら、そのときだけ我慢すれば済む話だった。

困ったのは、このことが原因で、イリルの婚約者はミュリエルだという誤解が広まったことだ。


「第二王子様の婚約者だなんて、そんな……」


そのときだけはミュリエルは、曖昧に答え、頬を赤らめた。

誤解されても仕方ない。


イリルが出席していたら別だっただろうが、イリルは地方に視察に出ており、シェイマスお兄様が私をエスコートしてくれていたのだ。


後日、噂を知ったイリルは誕生日パーティに出れなかったことを、何度も謝ってくれた。

私も同じくらい謝った。

そもそも、欠席のお詫びを兼ねてのアメジストだったし、それを引き立てるためのドレスだったのだ。

なのにそんな噂が立つなんて、イリルに申し訳なかった。

幸い、イリルの協力もあり、噂はすぐに収まった。


——あら? もしかして。


そこまで思い返して、私は思った。

一瞬とはいえ、第二王子の婚約者として扱われ、それを取り消されたこと。

それが、ミュリエルの心の中に不満として残り、あんなことをしでかす一因になったのかもしれない。


……お姉様ばかりずるい。


私がイリルの婚約者として、どれほど勉強しているかも知らずにそんなことを言うミュリエルだもの。

あり得なくもない。

だとしたら。


——今度の誕生日パーティーは、イリルの婚約者としても、ちゃんと私が目立たなくては。


公爵令嬢という身分が相手に威圧感を与えることを知っていた私は、常に控え目を心がけていた。

だけど。

自分のパーティーで主役として振る舞うことも、大切なことだ。


——そうね、そう考えたら私の態度も悪かったかもしれない。遠慮せず、もっと前に出るべきだった。


ともすれば引っ込み思案になる自分を鼓舞するために、私は自分に言い聞かせた。

例えミュリエルを泣かせることになっても。

今回は、譲らない。


          ‡


「正直申し上げますと、少し驚きました」


翌朝。

ルシーンが、朝食の準備をしながら言った。


「なにが?」


軽やかに私は聞き返した。

体調はすっかりよくなっている。


「昨日の、ミュリエル様のおねだりを断ったことです」


私は苦笑した。


「まあ……姉としてたまには厳しくしなくてはいけないと思ったのよ」


湯気の立つスープをスプーンですくいながら、私は答えた。


「よろしいかと存じます」


ルシーンが頷き、私はふと思った。

小さい頃から私のそばにいるルシーンを驚かすくらい、昨日の私の行動は意外なものだったのだ。


——ということは、誰にとっても意外よね。


「ルシーン」


私は慌てて言った。


「なるべく早く、イリル様にお会いしたいの。後で手紙を書くから、届けてもらえる?」

「かしこまりました」


さらに付け加える。


「今日はそれ以外の用事で、部屋から出るつもりはないから、誰も入れないで」


だが。

私の指示は、少し遅かった。


「かしこま——」


ルシーンが頭を下げ切る前に、私の部屋の扉が開いたのだ。

そして、


「クリスティナ! ミュリエルを家族と認めないと言ったそうだな?! どういうことだ?!」


オフラハーティ公爵家の当主である、父、オーウィン・ティアニー・オフラハーティが、怒鳴り込んできた。


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