4、お姉様と同じ色のドレスにしたいの

「心配ありません、やや熱がありますが、安静にしていれば下がるでしょう」


ルシーンが連れてきてれたお医者様は、私をそう診断して帰っていった。


「ごめんなさい、ルシーン、心配かけて」


大人しく寝台に横になりながら私は、濡れた布で額を冷やしてくれるルシーンを見つめた。


「何をおっしゃるのです。それが私の仕事ですわ」


当たり前のようにルシーンがそう微笑む、この幸せを噛み締める。

ルシーンは私より五歳年上だ。

私が小さいときからこの屋敷で働いており、私がイリルと結婚しても付いてきてくれる予定だった。

だから、あんなふうに離れるなんて考えもしなかった。


「どうされたのですか?」


そんな言葉にしない私の気持ちまで誰よりも早く察してくれるのが、ルシーンだ。


「なんでもないわ」


誤魔化しても通じない。


「いいえ、何かあるはずです。おっしゃってください」

「じゃあ……」


私は照れを隠しながら言った。


「もう少しだけ、ここにいてくれる?」

「まあ」


ルシーンは目を丸くした。

今までの私は、そんなことを言ったことがなかった。

そんな子供のようなこと、今さら。

でも今日は別だ。

そばにいてほしかった。ルシーンはここにいる。こっちが現実だと、本当に巻き戻ったのだと信じたかった。


「もちろんですわ。眠るまでおそばにおりますので、どうぞおやすみください」


ルシーンは柔らかい声で応じてくれた。


「ありがとう……」


素直に目を閉じながら、私は思う。

あのとき、ルシーンに背を向けたこと。

きっと何度も思い出すだろう。夢に見るだろう。


——だから、二度とは繰り返さない。


そんなことを考えながら、やはり疲れていたのかうとうとと、私は眠りに入りかけた。

けれど訪れるはずの熟睡は、その一歩手前で台無しにされた。


「お姉様!! 具合が悪いと聞きましたわ! 大丈夫ですか!!」


ミュリエルの大声のせいで。

ルシーンの厳しい声が、かぶさるように聞こえる。


「ミュリエル様、どうぞお静かに。クリスティナ様は今お眠りになっております」

「でも、お顔を見るくらい、いいでしょう?」

「また今度にしてくださいませ」

「わからない人ね、あなたに言っていないわ。私は今、お姉様の顔を見たいのよ」


相変わらずのわがままぶりに呆れながらも、思った以上に冷静な自分に驚いた。

次にミュリエルに会うときは、恐怖で動けなくなるか、怒りに我を忘れて怒鳴りつけるかと思っていたのに。

私は半身を起こして、少し髪を整えた。


「いいわ、ルシーン、こっちへ案内して」


顔を見ればどう感じるか、さらに知りたくなったのだ。


「お姉様! お目覚めでしたのね」


すぐに、苦虫を噛み潰したような顔をしたルシーンと、はしゃいだミュリエルが寝台のそばに来た。


「お姉様! よかった! お元気そうだわ。ルシーンったら、意地悪を言うんですよ」


ああ、私の知っている、いつものミュリエルだ。


——私が十五になる直前ということは、まだ十三。


公爵家に引き取られて三年。わがままが目に余るようになってきたとは言え、まだ無邪気に見える、あの頃のミュリエルだ。


「あのね、お姉様、お願いがあるの」


ほら来た。

そんなところまで変わらない。


「なあに?」

「今度のお姉様のお誕生日パーティー、私もお姉様と同じ、紫のドレスにしたいの」


——ああ、そんなこともあった。


十五歳の誕生日、私は薄い紫色のドレスを仕立てた。

婚約者のイリルが贈ってくれたアメジストのネックレスと耳飾りに合わせたのだ。

それを知ったミュリエルは、自分も同じ色のドレスを着たいと駄々をこねたのだ。


思い出をなぞるように、ミュリエルは同じ言葉を口にする。


「ね? いいでしょう? お父様は、お姉様がいいとおっしゃったら作っていいって」

「ですが、それはさすがに……クリスティナ様のお誕生日ですので、同じだと紛らわしいのでは」


ルシーンが水を差す。これも以前と同じだった。

そして過去の私は、内心穏やかでないものを感じながらも、ここでミュリエルの言うことを聞いたのだ。

なぜなら。


「だって、お姉様と同じ色にしたら、私も家族の一員になれた気がして、嬉しいの」


ミュリエルが、そんなことを理由にしたからだ。

ミュリエルは愛らしい顔で、私を見つめた。


「もちろん主役はお姉様よ? だからわたしは暗い紫にするわ。お姉様を引き立てるつもり! ね? それならいいでしょう?」


懐かしく思い出した私はついつい笑みを浮かべた。

それを見たミュリエルは、さらに勢い込んだ。


「パーティーの間はもちろん大人しくしているわ。それまでにマナーももう一度勉強し直す。だからお姉様、いいでしょう?」


私はミュリエルに向かって笑顔を作り、ゆっくりと言った。


「駄目よ」

「え?」

「あなたは、そうね、桃色にしましょう」


私に断られたことのないミュリエルは、混乱したようにまばたきを繰り返した。


「え、でも、お姉様?」

「あなたはまだ、デビュタントもしていない子供ですもの。一緒だと紛らわしいわ」


もちろん、私に譲る気はなかった。

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