3、性格悪く生き延びてやる
ミュリエルが本気なのはわかっていたが、私は聞き返さずにはいられなかった。
「ねえ、ミュリエル……そんなことのために……私のものを手に入れるためだけに、こんな大変なことをしたの? 公爵家がなくなったらあなただって生きていけないのに」
「“かわいそうな生き残り”の私は、すべてを受け継ぐから大丈夫よ」
——駄目だわ、話にならない!
私はミュリエルを突き飛ばしてでも、逃げようとした。
ところが。
——どういうこと?
さっきから足に力が入らなかった。おかしい。
ついにその場にしゃがみ込む。
「安心して、お姉様」
ミュリエルはそんな私を見下ろした。
「お姉様の大事な婚約者のイリル様は、私が代わりに婚約してあげる。そのためにちょっと急いだのよ。結婚してからじゃ難しいでしょ?」
——イリルとミュリエルが代わりに婚約?
「イ……リ……ない…わ」
声がかすれ、意識まで朦朧とし出したとき、私はやっと気付いた。
——ハンカチに何か染み込んでいた?
「やっとだわ。お姉様、効きが遅いから心配しました」
どさっ、と横たわる私は、もう身動きができなかった。
ミュリエルは勢いよくナイフを持った手を振り下ろす。
——グサッ!!!
「……ぐ……!」
無抵抗の私の胸に、それは深々と差し込まれた。動けなくても痛みは感じる。
体が引き裂かれるように苦しかった。
「ふう……なかなか力がいるわね」
だけどもう叫ぶこともできない。
「はい、これ持って」
私の体から出たナイフの柄を、ミュリエルは私に握らせた。
そして、『真実の愛』とやらの証拠になる手紙を近くに置いたミュリエルは、
「お姉様、さようなら」
と扉を開けて出ていった。
——そんなふうに、私は無念の死を遂げた。
‡
……はずだった。
なのに、これはどういうことだろう。
「おはようございます、クリスティナ様。お加減はいかがですか?」
「ルシーン?!」
目を覚ましたら、自分の寝台の上だった。
「よかった! 無事だったの? 火事はすぐ収まった?」
飛び起きて聞く私に、ルシーンは首を傾げた。
「火事? なんのことですか?」
「だって……ミュリエルが」
ルシーンはいつものように微笑んだ。
「ミュリエル様? いついらっしゃったのですか?」
何とぼけているの、と言おうとして私は気付いた。
どう見ても、ここは私の部屋で、私の屋敷だ。
——どこも燃えていない。
「ルシーン、今って」
いつなの、と聞こうとして、ぐらり、と目眩がした。
思わず目をつぶる。
「クリスティナ様?! 大丈夫ですか?!」
「頭が……痛い」
「今すぐお医者様を!」
慌てたルシーンが部屋を飛び出す。
「……な……にこ……れ」
一人残された私は、頭の中をかき混ぜられるような、嫌な感触に耐えていた。
「ぐ……」
息もできないほどの苦痛だったが、シーツを掴んで必死でやり過ごしていると、なんとか治まった。
——そして気付いた。
「巻き戻っている……?」
それは理屈ではなく、体感だった。
生々しいあの火事。
あれは現実だ。あのとき私は確かに死んだ。
たったの十八で。
「でも今は……」
「今」は私が十五になる直前。
誕生日の前に熱を出して、ルシーンが看病してくれたあのときに戻っている。
なぜかはわからない。
だけど、確実に言えるのは。
——これは好機……よね。
戸惑いと同時に、熱い思いが湧き上がった。
こんな機会は二度とない。
やり直せるのだ。
次こそは殺されないように。
ミュリエルは私のことを、馬鹿でお人好しで淑女の鑑だと言った。
確かにその通りだ。
でも、私が馬鹿なら、あの子も同じくらい馬鹿だ。
——あれ、絶対に、誰かに騙されていたわよね?
屋敷の使用人を始末する、だなんて簡単に言っていたけど、協力者がいなければできるわけない。
毒もどこから手に入れたのか。
それにあの筋書き。
私に罪を着せるために、平民との恋をでっち上げるだなんて、そんな複雑さは、ミュリエルにはない。
誰かが裏で糸を引いていたのだ。
——でも誰が?
わからない。
だが、その人物とミュリエルが出会う前に戻っていたなら、私にも勝機はある。
あと三年。
「淑女の鑑だなんてやってる場合じゃないわ……」
このまま、私の大事なイリルを奪わせるわけにはいかないし、屋敷も燃えさせない。お父様とお兄様も毒殺させないし、使用人も始末させない。
すべてを未然に防ぐのだ。
「……わがままにはわがままで。策略には策略で」
そう決意したと同時に、ルシーンの声が響いた。
「クリスティナ様! お待たせいたしました。お医者様をお連れしました」
私はにこやかに応じた。
「ありがとう、入ってちょうだい」
せっかく好機を手に入れたのだから、逆行後は、性格悪く生き延びてやる。
——ただしミュリエル限定で。
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