第20話 無事を祈ってる

 とある港。

 夜の海に呻く風と波。

 遠くを見つめながら立ち並ぶ二人。

 ライセンスは短くなった煙草をピンと弾いた。

 海の闇に消えゆく赤い炎の点。

 溜息混じりに彼は訊いた。

「……本当にそれで良かったのか?」

「ああ。俺にその資格はない」

「その子もお前を慕っていたというが。そうか」

「ドクによろしく頼んである」

 ジョーは俯き、その笑顔を懐かしむ。


 渦巻く風。ジョーは分かっていた。

「フットプライドの件。あんただろ?」

「……証拠はないはずだが」

「証拠を残していないのが何よりの証拠だ」

 ライセンスは顎を摩りながら頷く。

「お前の苦しみの一つでも、奴は味わうべきだ」


 飛び散る波飛沫がハーバーライトに煌めいた。

「ジョー。お前はずっと償っていた。二つの口座に金を振り込んでいた。違うか?」

「……ああ。バイト代をな」

「ん?」

「ビフの所で皿洗いと店内清掃した稼ぎでな。クリーンな金だぜ」

「フハハ。そう。お前の仕事は丁寧だからな」



 二人は空を見上げた。

 ふと、振り始める雪。ジョーは言う。

「……俺は国家に裏切られたと思い、復讐を謀った時期もあった。敵に捕まり拷問され顔を潰されズタズタにされ、ただ怒りだけが支配したはずだった。だが心の何処かに彼女が居たんだ。いつかリリィに会いたいと願っていた。最終的に俺を生かしたのは彼女への想いだ。恋は……人を生かしてくれる」


 頬に解けゆく雪。

「サンダースへの恩義。彼を必要悪と見定め、めいに従う殺し屋稼業……とはいえ俺は人を殺め過ぎた。体中、血生臭い。とても誰かを幸せになどできない。俺を待っているのはただ地獄だけだ」

 そう言うジョーを見て、ライセンスはいたわった。

「心配するな。俺も同じ。共に行こう」

 ジョーは彼を見て微笑んだ。

「療養中に看ててくれたあんたのことは忘れない。感謝してる」

「気にするな。同じ臭いがしただけだ」



 ジョーは目を閉じ、リリィを思い浮かべる。

 ――俺は遠くで君とボビィの幸せを祈ってる……。

 ライセンスは彼の肩に手をやる。ジョーは

「この雪はやけに塩辛い」そう言って頬を袖口で拭った。

 目を閉じれば聞こえてくる彼女の声。

 艶やかで、愛らしい響き……



 ……無事を祈ってるわ……ジョセフ……

 ……あなたの目は……とても優しい……

 ……そう、祈ってるわ……無事を……

 ……あなたの無事を……



 END

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