第19話 慈悲の空へ

 巻き上がる砂塵。

 ヘリは上昇してゆく。

 穏やかな光が射し込むのを、Dr.ハイランズたちも見届けた。



 ネヴァレンド州警察署署長レオ・フットプライドは逮捕され、連行された。

 ハードレインEBI捜査官はリリィとボビィに微笑んだ。

 事情はわかっている――とにかく無事で良かったと彼は膝をつき、ボビィの頭を撫でた。

 そしてハードレインはジョーに向かい、敬礼した。

「かつて貴方はエルドランド国を守った英雄だった……その事だけ、ハイランズさんに聞いてます。本当に感謝しています」



 撃たれたはずのバウンティ・ハンター、レパード・スキン。

 皮肉なことにフットプライドが渡した警官バッジが弾丸を食い止めていた。

 気を失っていたのは数分で、事の一部始終をレパードは見ていた。

 ――ジョセフ・ハーディング。あんたスゲぇよ。俺が敵うはずがねぇ……。



 ジョーはボビィに別れを告げた。

「元気でな。ボビィ」

 ボビィはしばらく黙っていたが、小さな肩を震わせた。

「……おじちゃん、行かないで」

「ごめんな……おじちゃんの旅はまだ終わらないんだ……」

「…………」


 ボビィはジョーの胸元へ。

 ジョーはそっと、その背中を撫でた。

「ママを守るんだぞ。わかってるな? 最愛の人を支えていくんだ」

 唇を噛みしめボビィは頷いた。

「うん。ありがとうジョーおじちゃん」



 ジョーは静かに、真っ直ぐにリリィを見つめた。

 リリィも同じだった。


「……ジョーさん。本当にありがとう。何て、お礼を言ったらいいのか、私」

「いいんだ。とても見ていられなかった。俺に出来る事をしたまでだ」

 口元を緩めジョーは微笑む。そして立ち去る決意をし、背を向けた。

「ジョーさん……」

 リリィは彼の手を掴んだ。

 その声、その眼差し、手の温もり……リリィの記憶が蘇る。


「ジョセフ。そう、あなたは……」

 彼女を背にしたまま、ジョーはその手を強く握り返した。

「俺は〝ジョー〟だと言ったはずだ……」

 熱い思いがこみ上げる。

 涙が頬をつたった。


「ジョセフは死んだ。君の……最愛の男を救えなかったジョセフは、死んだんだ」

 リリィはたまらず、ジョーの背中を抱きしめた。

「あなたは尽くしてくれた……感謝しかない」

「彼のこと。すまなかった……君の」

「いいの。わかってる。ありがとう……ジョセフ」


 ジョーはそのまま、潤んだ空に願った。

「ずっと、元気でいてくれ……」


 ****


 その年の冬。

 穏やかなノースフォレストに凍てつく寒気が吹きつける。


 Dr.ハイランズの家、暖かい部屋の中から外を眺めている少年ボビィ。

 やがて彼は起き上がり、紙とペンを手にした。

 ずっと横になっていたのでまだ頭が重い。

 大きく息を吐き、胸をさすった。

 ドアを叩く音、リリィが入ってくる。

 ホットココアをボビィの机に。


「おはようママ」

「おはよう。どう? 気分は」

「うん。だいぶ楽になったよ。元気元気!」

「そう。よかったわ」

「ママの方こそ僕を看てたから……疲れてるみたい」

「そんなことないわ。ボビィが元気なら、ママも元気よ」

 ボビィはじっとリリィを見つめ、それからニコッと笑った。

「……そっか」


 リリィはボビィの肩に手をやり、その手元を見た。

 何か書き始めている。

「何なの? これ」

 ボビィは照れ臭そうに鼻をこすりながら、

「うん。おじちゃんにまたいつか会って、手紙を渡したいんだ。お礼と、ジョーおじちゃんに捧げる詩。いつまでも忘れないって……」


 ****


 一方で、刑務所にいるレオ・フットプライドのニュースが報じられた。

 顔の皮を全て剥ぎ取られ、血塗れの重体だという。

 犯人は囚人でもなければ刑務官でもない。

 誰にやられたかは謎のままで、事件はやがて忘れ去られた……。

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