第18話 絶対絶命

 連邦捜査局EBI捜査官ブライト・ハードレインは続けた。

「今の一件は一先ず……」

 そして令状を出す。

「国家機密の漏洩。一九四五年八月五日、あなたはヘリを操縦し、エルドランドの軍事総データファイルの写しをヘストン・ヒルに投下した」

「はあ? な、何の証拠が!」

「このテープ。あなたとグレイヴス上層部との会話が収められている。声紋も照合し一致した。試聴してみますか?」

 フットプライドの顔が激しく歪んだ。

「そ、そんなデタラメ」

「いえ。かつてグレイヴスの諜報員だった人物が協力してくれました。全てを調べ上げた」

「……くっ!」


 ガラガラと回り続けるエンジン。

 ハードレインの口調が強まる。

「あなたがしがない州警察の署長をやっているのは報酬の金が支払われなかったからか? あなたはただ利用されただけか?」

 ジープの前方を固めている機動隊員。

 ハードレイン捜査官はさらに詰め寄った。

「まだ分かっていることがある。あの日あなたはヘストン・ヒルにいたエルドランド兵を見捨てた。二人を。捕虜として捕らえられていたエイブラハム・ローリングと、彼を救助したジョセフ・ハーディングを」

 それは後部座席のリリィの耳にも届いていた。

「レ、レオ……ど、どういうこと?!」

「えーーい! うるさいっ!」


 フットプライドはギアを入れ思いきりアクセルを踏んだ。撥ね飛ばされる隊員たち。

 荒れ狂ったフットプライドはヘリの方向へ一直線に突き進んだ。


「奴を逃がすなーーっ!」

 ハードレインが大きく手を挙げ、周りの捜査官が銃を構えた。

「気をつけろ! 後ろには二人が乗っているんだ!」



 リリィは叫んだ。

「レオ、止めて! もう逃げられないわ! 車を止めて!」

 背後から彼の肩を掴んで揺らす。

「このクソッ……」

 銃が轟いた! 

 フットプライドはついにリリィに対し、発砲した。

「ママッ!」

 弾丸はシートを突き破った。

 ボビィは身を起こし必至に母親を守ろうとする。鬼の形相でフットプライドは言った。

「邪魔するな! 殺されたいか!」


 ****


 非常警報が鳴っていた。

 ジョーは速度を落とさずにそのまま中へ突っ込んだ。

「荒くてすまない、ドク」

「大丈夫だ!」

 遥かジープの居場所を確かめ、ヘリポートを真っしぐらに走り抜けた。



 広大なポートの最端、ジープはネヴァレンド州警機動隊ヘリの前に着く。

 フットプライドは降り、リリィ親子を引きずり下ろした。

「来い!  このヘリに乗るんだ、早く!」


 ハードレインたちを抜くキャンピングカー。

「何だ? あの車は!」


 コクピットのドアが開けられる。

 血眼のフットプライドは二人に銃を突きつけながら力ずくで中に乗せた。

 リリィが叫んだ。

「絶対に逃げられない! 撃ち落とされるのよ」

「黙れリリィ! わ、わからんのか? 俺の愛が! お前を愛すればこそ俺はこうして」

「さっきの話は本当なのね! あなた彼を……エイブラハムを見捨てたのね? 何故助けてくれなかったの? どうして」

「うるさい黙れ! ……お、お前こそが俺の報酬だ、お前を手に入れて俺は満たされなければ!」

「彼を見捨てておいて私に近づいた……」

「リリィ、お前は覚えていなかったな! エイブラハムに会いに軍の寄宿舎に来ていたお前を……案内した、俺はお前を見ていたんだ」

 ヘリのエンジンが回り出す。リリィはボビィを抱きしめた。


「俺はお前が欲しかった」

 そう、顔の汗を袖で拭いながらフットプライドは言った。

「奴らを……エイブラハムを助けたところで直ぐに死んでたさ……ウイルスに侵されてな。俺はグレイヴスに迎えられるはずだった。だが騙された。だからせめて、お前だけでも手に入れたかった」

 上昇し始めるヘリ。

「リリィ。こうなれば生きるも死ぬも……」

 ボビィは下を見る。

「マ、ママ見て、おじちゃんの車だ! ジョーおじちゃんだ!」



 ジョーは一旦車を停め、隣りのハイランズにハンドルを預けた。

「どうするつもりだ?」

「あのヘリに乗り込む。ドク、真下へ合わせてくれ!」


 ジョーはそう言って後ろへ回り、フック付ロープを手にルーフを開けた。

 髪を束ね上へ上がり天板に立つ。

 唸る風、狙うヘリは高度を上げてゆく。

 ハイランズは移動するヘリの下に車を近づけた。

 ジョーは身構えロープを投げた。

 ロープのフックがヘリのスキッドに掛かり、ジョーは勢いよく吊り上げられた。



 ロープを手繰り、ジョーはヘリに迫る。

 やがて辿り着き窓越しに中を確かめるとボビィが呼んだ。


「ジョーおじちゃん!」

 フットプライドは慌てふためき、操縦桿片手に拳銃を抜き発砲した。

 窓ガラスが砕け散り、風が唸った。

 躱したジョーは手を伸ばしロックを解除して中に乗り込んだ。


「キサマーーッ! 生きていたのかぁーーーーっ!」

「お前がレオ・フットプライドか」

 フットプライドは容赦なく引き金を引くが、もう弾丸は入っていなかった。

「これまでだ」とジョーが銃を取り上げグリップで殴りつけた。

 フットプライドは半狂乱で吠えたてた。

「こうなったら道連れだぁあああ!!」


 機体が大きく傾き、降下してゆく。

 ジョーはフットプライドの襟元を掴み、引きずり上げて床に投げ倒した。

 轟音を立て落ちてゆくヘリ。

 ジョーは操縦席に座った。

 吹き荒れる風。

 リリィとボビィがジョーを見つめた。

 時が止まる――絶体絶命。

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