第5話

 ~孤児院の医院長SIDE~

 私は正直、目の前の男が怖かった。

 まるでその目で見て来たかのように的確に状況を話し、私のことを精神的に追い詰めてくる。

 決して激昂せず、ただ淡々と、理路整然と逃げ道をつぶしていく。

 確かに私は覚えていた。

 人の肉を食べたと言い張る謎の少女も、その少女があるときいきなり普通の女の子になったことも。

 でもそれを知っているのは私と、当時このあたりが所轄だった取り調べをした警官だけのはずだった。

 なのに、なのにこの男は…。


「今の話の中に何か違うという点はありましたか?」

「いいえ…。その通りです。確かに私はあの子について知っています。そしてあの子がなぜいきなりただの女の子になったのかも。」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「はい。」


 諦めよう。

 この男には何を隠しても無駄だと悟った。

 すでに私には多少の見当が付いていた。

 というよりは、彼が分かるように私を誘導したのだろうけれど…。


 その女の子が彼の父親を殺した真犯人なのだろう。

 それに対して彼がなにも感じていないように見えるのは私だけだろうか…。



「あれはある晴れた春の日…、いえ、3月23日のことでした。その日私は新たな里親の方にあいさつに行く予定でしたが、その予定が大きく狂ってしまったのです。彼女、多田彩菜のせいで。」


 今日の天気を確認するために私は外に出た。

 するとそこには、肩身狭そうに座っている女の子がいた。

 実はこれは多田彩菜ではなく、別の、すでにこの施設にいた女の子だった。

 ではなぜその女の子がそこでそんなにも肩身狭そうにしているのかと言えば、言葉にはしにくいが、とにかくとてつもないを感じたのだ。

 見たことの無い痩せた小さな女の子から…。


 最初私は、孤児である入居者をいじめているのかと思い、

「何をしてるんですか?」

 と、少し強めに言ってしまった。

 すると思いがけないことに、はっきりとした声で、

「はい!新しいお父さんとお母さんをもらいに来ました!」

 と言ったのだ。

 普通、ただ煽りに来ただけの冷やかしは、もう少し棘のある言い方をするもので、それもあって私はその言葉にとても説得力を感じた。

 だから私は、彼女に謝りながら入居希望の手続きを一緒にし、部屋を割り振ってあげた。

 ここまではあまり珍しいことでもないし、寂しいといって夜に泣かない新人もいることにはいるから、そんなに気にしなかった。


 最初に違和感を感じたのは、そのこと一緒の部屋だった14歳の女の子が、部屋を変えてほしいと言い出した時だった。

 普通、施設の女の子たちは、新しい子が来ると、「お姉ちゃん」になった感じがして嬉しいらしく、甲斐甲斐しく世話を焼く。

 だから同じ部屋になって喜ぶことはあっても、自ら別部屋になりたいなど言うことはまずないのだ。

 気になって詳しく話を聞いてみると、どうにもらしい。


 その後、気になって、懇意にしている所轄の警察の人に頼んで、詳しく聞き取りをしてもらった。

 お母さんとかお父さんについて覚えていることとか、他の家族についての話とか、当たり障りのない話をしていたのだが、家族の話になった途端、何やらぶつぶつ言い始めた。

 よく聞いてみると、

「お兄ちゃん、今どこにいるのかな?のに。」

 と言っている。

 最初私は、子ども特有の比喩的な表現だと思って、どういうことか詳しく聞こうと思った。

 そういう何気ない所に子どもの捨てられた理由が隠れていたりするからだ。

 しかし、少しした時、私と警官の顔はすっかり青ざめていた。


 お兄ちゃんが死んじゃった。

 お腹がすいてたから食べてみた。

 意外と美味しいしお腹にたまるから重宝していた。

 あるときお兄ちゃんがやってきて持ってっちゃった。


 浅ましいことに、最初に私たちが考えたのは「保身」だった。


 訳のわからない反社会的な子供を育てているとばれたらこの孤児院はつぶれてしまう。

 純粋に人を食べた女の子が怖い。


 そうして私たちがしたのは、彼女がそのことを他の人に話すことが無いように、「矯正」することだった。

 今考えると、なんて酷いことをしたのだと思う。


 彼女と話をし、食人について触れる度にこっぴどくしかる。

 どれだけ酷いことなのかということを独断と偏見に基づいて、脅すように毎日のように話すことで、彼女の心の中に人を食べたことに対する罪悪感を持たせる。


 そうこうして三カ月ほどたった頃、いきなり彼女は優等生になってしまった。

 常識的で、適度の思考力を持ち、人を尊重し、大事にすることをよしとする、まさに理想的な女の子になってしまった。

 最初私たちは、矯正が成功したと思い喜んだ。

 そして彼女が里親のもとに行った後、施設でのことをあまり覚えていないということを聞き、一つの可能性を見出してしまった。


「私たちは一つの人格を壊してしまったのではないだろうか。」


 そして私たちが考えたのは、またしても保身だった。

 施設にいる、若しくはいた子どもたちに口止めを行い、誰にも違和感を持たれることの無いように証拠隠滅に奔走した。

 その頃には、お兄ちゃんを埋めたという人のことは頭からすっかり消え失せていた。

 そして私たち自身も忘れてしまおうということで、今後二人で会うことはやめようという話になった。


「その後二人とも多少出世し、本格的に忘れようとしていた所にあなたが来たんです。これが私の犯した罪の全てです。私は何という罪に問われるのでしょうか。」

「人格を消すという行為は立証することが難しいため、強いて言えば死体遺棄幇助、でしょうか。死体が持ち去られることを知りながら放置していたという罪で。」

「そうですか…。良かったのか悪かったのか…。」

「悪かったことだと思いますよ。」

「どういうことですか?」

「罪を問われないということは、自分には罪の意識があるのにそれを償う機会を与えられないということです。確かにあなたの周りの人に何か言われたり、前歴に傷がついたりすることは無いかもしれません。それと同時に、あなたの中にある罪の意識というものが消えることもないのです。あなたはその罪を一生背負って人と接することになるんです。もしかしたら今後その女の子と接点のある人と接する機会もあるかもしれません。そうなったときにあなたに今回のことをその人に正直に伝える勇気があるんですか?無いでしょうね。分岐点の全てで保身を選んだあなたはきっと今後も保身を最優先に動くことになるでしょう。そして罪を背負ったままに墓場まで行くのです。それがどのくらい辛いかはあなたがこれから経験していけばいいでしょう。一つだけ言うとすれば、人殺しは自分が二回死ぬ覚悟があって初めてやっていいことだと思いますよ。自分と殺した相手の二つの命の重みに耐えられないんだったら最初から人なんか殺すなって話ですよ。今後はそのようなことが無いように。三つの命に耐えられる人なんかいないと思いますからね。」

「…はい。ありがとうございました。因みにあなたが何者なのかをお聞きしても?」

「僕ですか?ただのしがない……。いえ、ここではまだ言いません。気になりましたらこの事件の裁判をずっと見ていてください。」

「そうですか…。分かりました。本日はありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ。あと、嘘はもう少しうまくつくべきですよ。その警察の方、今でも交流がおありですよね?」

「…。なぜ分かりました?」

「連絡を取っていないのに、『お互い多少出世した』何てどうして言えるんですか?もしかしたら今でもただの交番勤務かもしれませんよ?」

「…。やはり只者ではないようですね。ええ、彼とは定期的に連絡を取っています。流石にその詳しい内容については教えられませんが。」

「ええ、大丈夫です。では。」

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善なる悪意 @kimati

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