第4話

 優が差し出したのは、一つの診断書だった。

「親子診断書?誰と誰のだ?」

「もう一度だけ聞く。覚悟はできてるな?

「ん?ああ。教えてくれ。」


 優が徐に取り出した紙の中身を見た私は固まった。

 曰く、


『高桐滋と多田彩菜の親子関係99%認める』


「おい、これ、どういうことだ?」

「だから言っただろ?覚悟はできているのかって。」

「いや、でも…。」


 思い返してみれば心当たりはいくつかあった。

 小さいころから親に似ていないと言われたし、優と会ってからは、妙に呼吸が合い、兄弟みたい、と言われることもあった。

 しかしそれはあくまで偶然だとしか思っていなかったし、真剣に考えたことなど無かった。

 まさかそれが本当になるとは…。


「つまり私はお前の妹ってことか?更にもう一人三つ子がいるってことか?」

「三つ子?お前と俺だけじゃないのか?」


 忘れてた。

 そういえばその件については上司に口止めされて伝えてないんだった…。


「そう。実は私が捨てられたときにもう一人いたらしいんだよ。男の子が。私のお兄ちゃんらしい。優の上か下かは分からないけど。」

「下だろうな。あいつは前時代的な奴だから。長男が相続すべし、っていう信念のもと俺だけを残したんだろう。まあ結局おれとも絶縁した訳だけど。」


 成程。まさかここで闇の中だった捨て後の選び方が判明するとは…。


「で、もう一つ考えてみろ。お前は捜査で何を追っていた?」

「捨て後の行方…。つまり…、私が今回の事件の新犯人だと…?でも、なら何で証拠が出て来ないんだ?」

「自分で証拠を消して回ってたんだよ。お前の第二人格がな。」

「第二人格…?」

「お前、時々記憶が飛ぶこと無いか?」

「確かに。気付いたら一時間ぐらいたってることがあったりするし…。でもそれがどうして分かったんだ?」

「この間、会っちゃったんだよ。お前に。」

「この間?優にはここ半年くらいあって無いと思うんだけど…。」

「第二人格の方にだよ。その様子だと覚えてないみたいだな。」

「それで何があったの?」

「一ヶ月くらい前だな。何かを探してる感じで、お前が捨てられたっていう公園で。」

「それってもしかして、私の第二人格の方は、私の時の記憶も把握してるってこと?あそこが捨てられた場所だっていうのは流石に第二人格の方に誰かが伝えたってことはないでしょ?」

「多分そういうことだろうな。そしてもう一つ。お前の第二人格は何を探してたんだと思う?」

「いや、分かんない。何?」

「お兄ちゃんだよ。もう少し詳しく言うとその死体。」

「死体?もしかしてお兄ちゃんって…。」

「ああ。死んでるんだろうな。」

「でも何でそのことを私の第二人格が?…あ!もしかして…。」

「そう。お前が事情聴取した幸田隆。その事情聴取を第二人格の方も知っていたとしたらどうなる?」

「すぐに探しに行ったってことか。情報はわたしの身分を使えば幾らでも取り出せる。そしてまた変わるころには私が元いた場所に戻っている。よく考えたもんだね。でも何で死んだってことを確実視してたんだろ。」

「もう一回聴きに行ったんだろうな。幸田に。」

「やっぱりあの人まだ何か知ってたんだ。」

「知ってたっていうか、ほとんど当事者だと思うぜ。」

「え?当事者って…。」

「俺も聴きに行ったんだよ。そいつに。で、鎌かけたら吐いたぜ。死んだお前のお兄ちゃんを隠したのはあいつだ。」


 ~幸田SIDE~

 何かこの間とは違うやつが聴きに来た。


「何が知りたいんだ?」

「先に言っておこう。安心しろ。俺は警察じゃない。だからここで言ったことを警察に言うこともなければ捕まえることもない。」

 警察じゃないのに事情聴取だと?

 この上なく怪しい奴だな。

「じゃあ何でお前は俺のところに来たんだ?」

「妹のためだ。」

「妹?」

「前回来た女の警察いるだろ?あれが俺の妹だ。最もあいつはそうだとは知らないがな。」

「どういうことだ?」

「捨てられた子供の女の方いるだろ?あれ、俺の実の妹なんだ。」

「ってことはお前が…。」

「ああ。捨てた親父の息子だよ。」

「それは…ご愁傷さまで。」

「それはいいんだよ。元々俺がやる予定だったから。別口で。」

「は?捨てられなかったお前がか?」

「まあそれについてはあまり触れないでおいてくれ。いろいろ事情があったんだ。」

「まあいいだろう。で、何が聴きたい?」

「お前の死体遺棄の前歴について。」

「お前、それをどこで知った?」

「知ってる訳ないだろ。強いて言うならだ。お前は何故か男の方が死んでいることを断定的に話していた。」

「ちょっと待て。なぜその会話をお前が知っている?」

「あいつがちょっと怪しいから盗聴器をつけただけだ。尤もすぐにばれちまったがな。お前との会話はうまく取れていたらしい。」

「妹だろ?何でそんなことすんだよ。」

「妹だから、だろ?好きな人が間違えたことをしたらそれは、隠すのを手伝うんじゃなくてちゃんと正すべきだろ?それが愛ってやつだ。一緒になって隠すのはただの偽善だよ。」

「刺さるな。俺がやったことは間違いなく隠す方だからな。」

「しょうがないだろう。まだ子供だったんだからな。早く話してくれ。20年ほど前に何があったのか。」

「いいだろう。あれは遡ること21年。俺はどうしても乞食みたいな二人の子供が気になっちまったんだよ。」


 ~21年前~

 俺が公園に行くと、まだあの乞食はいた。

 けど何故か女の方だけだった。


「おい。この間俺のお菓子食ったやつだろ?もう一人の方はどうしたんだ?」

「お兄ちゃん、誰?」

「分かんないよな。とりあえずお前のことを知ってて興味がある奴だと思っとけ。」

「何で?」

「いいだろそんなこと。それよりもお兄ちゃんはどうしたんだ?」

「お兄ちゃんね、なんかね、この間からね、動かないの。」

「死んだのか?」

「死んだ?何?その言葉。もしかしてお兄ちゃんはもう戻ってこないの?」


 今思えばなんて無遠慮な言葉を使ったんだってすごい悔やんでる。

 あいつ、いきなり笑いだしたんだ。


「ははっ、はっ、ははっ、わははははははははは!そっか。お兄ちゃんは死んじゃったんだ。それってお兄ちゃんはもう何も食べないってことだよね?ってことは私が食べられるものが増えたってことだよね?嬉しいな。はははっ!やった。これでおなかいっぱい食べられるようになるかな?」

「お前…、悲しくないのか?」

「悲しい?何それ。どんな感情?」

「おなかがすいてるときとかに悲しいなってなるだろ?そういう…。」

「お腹空いてないよ?あのね、お兄ちゃん知ってる?人って美味しいんだよ?」

「な、え?おま、食べたのか?お兄ちゃんを?」

「何で?駄目だった?お兄ちゃんが行ったんだよ?俺が死んだら俺を食べてくれって。」


 その時俺が考えたのは、さもしいことに、だった。

 俺が殺したと思われたら一巻の終わりだったから、何とかしてその死体を隠さなきゃいけないって思ってしまったんだ。

「お前、名前何っていうんだ?」

「名前?ああ。お兄ちゃんには彩菜って呼ばれてたよ?」

「よし、彩菜。そのお兄ちゃん、どこにいる?」

「あそこの木の下。ほぞんしょ…。」

「あーあー。それは言うな。その死体、隠しに行くぞ。」

「何で?私のごは…。」

「俺があげるから。」

「本当?!やったー。ちょっとお兄ちゃん酸っぱいから…。」

「お、お父さんとかお母さんとかほしくないか?」

「え?くれるの?」

「ああ。あそこの道をまっすぐ行って突き当たりにあるお家でお父さんとお母さんをくれるから、行っておいで。」

「分かった!」


 そして彩菜が行った後に俺はそのを見つけ近くの山まで埋めに行った。

 元々小さくて細いのに加えて一部欠落していたから、リュックに入れて持って行けた。

 幸い誰にも会わなかったけど会ってたら歴史が変わっただろうな。


「これが俺の知っている全部だ。本当に誰にも言わないな?」

「ああ。とりあえずお前捕まったり誰かに何か言われることは無い。」

「ならいい。これで終わりだ。さっさと出て行け。」

「有難う。恩に着る。」

「一生来んな。」

「どうだか。」

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