第3話

 家に帰ると飼い猫のゴマが待っていた。

 ご飯をあげて出してあげると嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしていた。

 それを見ているとなんだか眠くなってきてしまった。

 最近疲れが取れていないのかとても眠い。

 そのせいで結婚式中に寝てしまい、不在証明がないという悲しい事態となってしまった。


 気づいたら二時間ほど経ってしまっていた。

 幸いゴマはいたずらをしていなかった。

 この展開は結婚式当日と同じだ。

 何か嫌な予感がした。


 小一時間ほど経ったとき電話が来た。

 高桐からだった。


「もしもし?何かあった?」

「もしもし?ちょっと話があるんだけど、どっかで会えるか?」


 電話では話せない重要事項らしい。


「分かった。今お前どこにいる?」

「家だけど?」

「なら今からお前の家に行くから奥さんにもそう伝えといて。」

「分かった。」


 ここからあいつの家までなら三十分で着く。

 きっとまたあの手紙の主についてだろう。

 出来るだけ早く情報がほしい。


 五分で支度を終えるとゴマを、謝りながらゲージに入れ、すぐに家を出る。


 家に着くと奥さんが出迎えてくれた


「すみません。いきなりの申し出にこたえていただき。」

「いえいえ。こちらこそ重要な情報を教えていただき助かっていますよ。」

「そう言って下さると幸いです。」


 中に入っていくと、何やらメモのようなものを持っている高桐が居た。


「何だ?そのメモは。状況を説明しろ。」

「まあまあ。お茶でも飲んで。さっき例のあいつから電話があった。」

「何!それは本当だな?」

「あぁ。で、その内容がこのメモだ。」

「見せろ。」

「また意味不明だぞ?」


 そこには、また暗号が書いてあった。


『指を使って要点を見つけて下さい。 最初から最後に移動します。』

「何だこのふざけた文章は?」

「多分Google翻訳だろうな。日本からどういう経路かで翻訳し続けるとこうなるんだろう。」

「いや性格悪すぎでしょ。」

「それは否定しない。だけどこれじゃ解読の仕様がない。これを逆から遡ったところでさらにいかれた文章になるだけだ。どうする?」

「何とかこの文章から解読するか、無かったことにするかのどちらかだな。」

「この『要点』ってのが気になるな。ニュアンスが合っていると仮定すれば証拠に直結するヒントだぞ?さらに言えば翻訳した言語は分かってるぞ?全部だ。最後に言ってるじゃないか。」

「だからなんでそれが分かるのか、お前の脳味噌の三分の一でもいいから欲しいわ。」

「やらねえよ。とりあえずこれはどうする?放置するか?」

「そうだな。解読するのにも相当な時間がかかりそうだし。とりあえず捜査本部に提出しておいて、こっちはこっちで他のことを調べましょうかね。」

「他のことって何かあったのか?」

「容疑者の絞り込みだよ。元々五人しかいないからすぐに絞れそうじゃないか?」

「あ、それなんだけど。今回の犯人って別に一人じゃなくてもいいんじゃないか?複数犯の可能性も十分にあるだろ。」

「確かに。だとすると不在証明がある奴の中に黒幕が居るなんていう展開が無きにしも非ずという訳だな?」

「そういうことだ。一応頭の片隅に置いておいた方がいいだろ?」

「ありがとう。私一人なら見落としていた所だったな。助かった。」

「素直なのはいいことだ。」

「言ってろ。私はもう帰るぞ?また何かあったら電話してくれ。」

「分かった。じゃあな。気をつけて。」

「奥さんもこいつに振り回されないようにね。」

「私は振り回されるために彼と結婚したんですよ?そのくらい覚悟の上です。」

「まったくお前にはもったいない人だ。じゃあな。」

「最後まで嫌味な奴だ。迷子になるなよ。」


 最後まで嫌味の応酬をするのはいつものことだ。

 いつも通りだし、本当にあいつは犯人じゃないらしい。

 困った。

 一番怪しくて唯一怪しいのがあいつだったからな。

 もう一回被害者周辺を洗いなおすか。


 翌日。

 出勤してすぐに課長のもとに行き、現在の容疑者四人が全員、決定打に欠けるということを確認。

 今日の担当とスケジュールを確認したらすぐに外回りに出る。


「課長は今だれが怪しいと思っているんですか?」

「嵯峨だな。動機も十分。犯行も可能。証拠はないが次期に見つかりそうな気がする。あくまで俺の直観だがな。」

「そうですか。まあそうなりますよね。他の人は動機が薄かったり犯行が不可能だったり、なんとなく白くさかったり。怪しくないんですよね。」

「まずはどこを調べる?過去か今か、はたまた金か。叩けば幾らでも出てきそうな人だからな。但し印象的に金はなさそうだがな。」

「過去ですね。犯人が嵯峨、つまり現在が原因だとしたら嵯峨を調べに行ってる班が何かしら持ってくるでしょう。しかしもし原因が過去にあるとしたら、うちで握っているのは高桐についてのみですし、私の直感ではあいつは白です。つまり一番情報が少ないのは過去についてです。」

「正解だ。流石だな。検挙率百%は優秀だ。」

「馬鹿にしてます?」

「いや?誉めているんだが…。」

「そうは聞こえなかったのですが。まあいいでしょう。行きますよ。」


 まず調べたのはやはり金だ。

 怨恨というものの大半は金銭トラブルからきている。

 しかし、そこまで金遣いが荒く、借金にまみれているという訳でもなければ逆に誰かに金を貸しているという訳でもない。


 次に浮気だ。

 しかし残念なことに彼はそこまでもてない人だったらしい。

 全く手掛かりが出て来ない。

 それどころかそんな浮いた話ができる訳がないとまで言われてしまった。


 さて、どうしたものか。


 家に帰ると、さすがに疲れがたまっていたらしく、気が一気に抜け、寝落ちしてしまっていた。

 起きた時にはすでに朝だった。

 急いで準備をし、家を出る。


 所轄に着くとすでにみんな来ていた。


「何か面白い話でもあったんですか?」

「良く分かったな。実は一つだけ筋が見えてきた。」

「本当ですか!」

 思わず身を乗り出していた。

「あぁ。実はな、被害者にはもう一人子供が居たらしい。」

 被害者の子供は高桐とその姉の二人だけだったはずだ。

「その人は今どこに?」

「分からん。とりあえず相当な訳ありらしい。」


 事は25年前に遡る。

 この年高桐家は双子を授かった。

 そのことに父親が文句を言ったらしい。

「双子だなんて聞いてないぞ?そんな金どこから出てくるってんだ?」

「それを言われても困るのだけれども…。」


 その頃高桐家は少し金策に困っていた。

 別に何かにつぎ込んだわけでもなく、全国的な不況のせいだった。


「捨てよう。」


 そう決断するのにそう時間はかからなかった。

 どちらを捨てるかをどう決めたのかは今となっては闇の中だ。


 車で遠くまで行き子どもを捨てる。

 それだけの作業を彼はとてつもなく慎重にやった。

 もし育児放棄だなどという噂が少しでもたち会社を馘首されても困る。


 周りに誰か人はいないか。


 指紋や足跡、タイヤ痕などから個人を特定されないか。


 様々な可能性を考慮してその全てに対処していく。

 幸いその後景気は立て直し、家計も自転車操業から脱却し、そこそこ楽な暮らしを手に入れた。

 そうなってから捨てた子供のことを考えないでもなかったが、今からまた探し出すのは無理があるのも分かっていたから、そのまま忘れられていった。

 一方捨てられた子供については何の情報もない。

 児童養護施設に拾われてすぐに里親が見つかり渡したため、名前すら分からないらしい。

 これらのことは全て残された高桐の母が涙ながらに話していたらしい。

「先輩。これらのことは全て高桐は知っていたのですか?」

「いや。極秘らしいから誰も知らないらしい。一応捜査上の重要機密として口外禁止にしたが。それがどうかしたのか?」

「いえ。彼には伝えておいた方がいいかと思って。一応自分の兄弟についてのことですし。知る権利があるのでは?」

「それを知った彼がどういう行動に走るか分かるか?」

「うっっ、はい。分かりました。」

「あともう一つ。嵯峨のゲソ痕が公衆電話で出た。」

「それは本当ですか?それなら嵯峨を引っ張れますか?」

 ゲソ痕とは足跡のことだ。

 が、それだけでは証拠として弱いらしく、

「いや。弱い。もう少し証拠固めをしないといかん。多田。お前は…。」

「私は今の捜査を続行させてください。」

「そう言うと思ったよ。但し一人でだ。他の人員を割く訳にはいかんからな。」

「はいっ。ありがとうございます。」


 まずは、その捨てられた子が拾われた児童養護施設を探す。

 最初に『情報求む』という形でSNSに情報の一部を掲載する。

 曰く、

『25年前に捨てた我が子(女の子)を探しています。場所は多摩川親水公園近くの多摩川流域。今は25歳になっているはず。黒髪で身長155㎝ほどになっているかと。』


 すると、思ったより多くの情報が寄せられた。その中から、信憑性の高いものをピックアップしていく。


 その時だ。

 一つのメッセージを見つけた。

『子を捨てる奴に親権無し。子どもはお前なんか望んでない。新しい里親のもとで幸せに暮らしている。勝手に首出すなら制裁を。』


 普通に見ればただの誹謗中傷のよくあるメッセージだ。

 しかしこのメッセージが少し気になった。

 まるで捨てられた子が『里親に引き取られた』ことを『知っている』かの様な断言的なメッセージだったからだ。

 急いでサーバーを特定し、そのメッセージを出した人を捜しあてる。


 意外と近い所にいた。

 埼玉県さいたま市の在住の30手前の男だった。

 インターホンを押すと、大分してから

「警察が何か用ですか?」

 と顔を出してきた。

 観察眼が鋭いらしい。

 今日は制服ではなく私服で廻っているから、一目でそれを見抜いたとなると只のニートではないらしい。

「少し聞きたいことがあります。」

「捨てられた女の子のことか?」

「ええ。そのことについて少しお話を伺いたいのですが…。」

「いいよ。入りな。」


 家の中はさすがに独身男性らしい、散らかった部屋だった。

「ちょっと来たねえが我慢してくれ。俺は幸田隆って者だ。で、あんた女の子は探しているらしいが男の子のほうは探さねえのか?」

 え?

 今何て言った?

 もしかして…。

「捨てられた奴は男女一人ずつ二人だったはずだぜ?もしかして知らなかったのか?」

「ええ。少し詳しく教えて頂いても宜しいですか?」

「ああ。あれは俺がまだがきんちょの頃だったな。実家があの近くにあるもんでよく遊びに行ってたんだよ。親父が唯一連れて行ってくれた場所だった。遊園地に行きたいとか動物園に行きたいとか一切言わせてもらえなかったがあの公園だけは連れてったくれた。で、そこで見たわけだ。貧相な子供を。」

「その子供が男女二人だったと?」

「そういうことだ。見るからに腹へってそうで哀れな目でこっちを見るもんで親父が俺のおやつをそいつらにあげちまってよ。めっちゃ泣いた覚えがある。それがショックで未だに覚えてんだよ。」


 その捨てられた子供を探していくともしかしたら手がかりがあるかもしれない。


「有難うございました。また何か思い出しましたらよろしくお願いします。」

「後、多分男の方は生きてないと思うぞ?」

「なぜ?」

「もらったお菓子を全部女の方に渡して自分は一切食ってなかったからな。多分いつもそんな感じなんじゃないか?特に妹の方も疑問に思う様子もなったし。」


 そこまで見ているということはやはりこいつ只者じゃない。


 それに多分こいつそれ以上の何かを知っているな。


 最後こいつ「女」じゃなくて「妹」って言った。

 ただ傍から見てるだけで兄妹の区別はつかん。

 必ず突き止めてやろう。


 本庁に戻ると何か賑やかだった。

「課長、どうしたんですか?」

「おう多田。実はな、嵯峨がここ一年程度ガイシャの近辺をうろついていたらしい。で、回収した荷物の中から索条痕に一致するひもが見つかりそれが嵯峨の持ち物だったらしい。これで嵯峨が引っ張れる。」

「そうですか。こちらでも有力な情報が。」

「何だ?」

「実は捨てられた子供は一人では無かったと…」

「ああ。もうそれはいい。本部の方針としては嵯峨一本でいくことに決めたらしいから。」

「そうですか…。」

「気になるかもしれないがお前もこっちに加わっとけ。キャリアは大事だからな。不敗伝説を連続させておけ。」

 次の日本庁は祝勝ムードだった。

 何でも嵯峨が自白したらしい。

 少し腑に落ちないがこれでいくと決めた集団に逆らえるほど私に権力は無い。


 一ヶ月後、嵯峨の裁判が始まった

 終始容疑を認め真摯に謝意を示す嵯峨に聴衆やマスコミ、裁判員は同情しているようだった。

 弁護士もやり手の人で、情状酌量はほぼ確実だろう。

 優から手紙が来た。久しぶりで少し驚いたが、その内容に更に驚いた。

『嵯峨は真犯人ではあるが単独犯ではない。もし何があってもどんな結果になっても真実を知りたければ裁判の二回目の公判の前日にうちに来い。』


 あいつは何を知っている?


 何を根拠に警察の判断を覆そうとしているんだ?


 気になったと同時に何故か少し怖くなった。

 警察として真実を知らなければいけないのに何故か知りたくないと全身の細胞が拒否している。

 あいつの知る真実が何かを私の細胞は知っているかのように。


「来たぞ。」

「おう…。」

 何か歯切れが悪い。

 どうしたのだろう。

「本当にいいんだな?」

「ああ。教えてれ。その真実ってやつを。」

「…よし。これを見てくれ。」

 そう言って彼が出したのは…

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