第2話
そこにある優の父親の顔をなぜか私はとても冷静に見ていた。
あいつに似て少し狡猾そうで、でもどこか憎めない。
そんな顔だった。
「ガイ者の名前は…。」
思わず声が震えてしまった。
自分では冷静なつもりでもやはり相当に動揺していたらしい。
「高桐滋だ。知人か?」
上司に心配されてしまった。
もっと心を強く保たねば。
「ええ。今日行っていた結婚式の新郎の父親です。尤も、絶縁したらしいですが。」
「絶縁?怪しいな。不仲だったのか?」
「ええ。そうだと聞き及んでいます。」
「よし。引っ張ってこい。」
「任意同行という形ですね?了解しました。」
式場へと駆け戻り、優たちを探した。
いた。
呑気に友人たちと話している。
「おい。ちょっと来い。」
「おお。彩菜か。どうしたそんなにカッカして。何かあったのか?」
「いいから来い。ここでは話せない。」
「というともしかして…。」
「しらばっくれるな!おまえが見えなくなっていた時間がちょうど死亡推定時刻と重なるんだよ。とりあえずついてこい。」
「分かったよ。まったく自己中心的なんだから。済まねえ。ちょっと席外すぜ。」
律義に断ってくるのが彼らしい。
「あんまりでかい声で言うなよ。ばれたらどうすんだよ。」
「知るか。勝手に社会的に死んどけ。」
「冷たいな~。俺とおまえの仲じゃないか。」
「腐れ縁ってやつだろ?」
「お、と、も、だ、ちってやつだ。」
「な訳。」
「多田良課長!連れてきました。」
「おう。御苦労。君があの男性の戸籍上の息子という訳でいいな?」
「俺、あんた好きだわ。ちゃんと『戸籍上の』って言ってくれるのは嬉しいね。」
「ああ、そのことね。君がガイ者とは不仲だと聞いていたからね。で、死亡推定時刻の一時間ほど前、君は何をしていた?」
「電話してたよ。意味分かんなかったけどね。あからさまに時間稼ぎっぽい会話だったぞ。」
「ほう。それはとても興味深いね。詳しく聞かせてくれるかい?」
「ああ。彩菜としゃべったあと電話がかかってきた。ちなみに番号は勿論非通知だ。聞こえてくる音的に公衆電話だったと思うね。相手も声は変えてたし。あ、録音あるから聞くか?」
「それは証拠として提出してもらうことになると思うよ。一度携帯ごと見せてもらっていいかな?」
「ああ。これだよ。この録音だ。」
「有難う。これは後でじっくり聞かせてもらおう。ということは君にはこの電話以外の不在証明は無いという訳だね。」
「まあそういうことになるな。多分そのためにこの電話の主も電話をかけてきたんだろうしな。」
「確かにその意見には同感だ。ではありがとう。また話を聞くことになるかもしれないが、その時はよろしく頼むよ。」
「分かりました。これってもう帰っていいんですか?」
「ああ。いいよ。」
「では。彩菜頑張ってね。」
「五月蠅い。黙ってろ。」
「どうしたんだい多田君。仲良しなんじゃないのかい?」
「いや、色々ありまして。」
「まあその辺は聞かないでおいた方がいいかな?」
「はい。そうして下さると有難いです。」
「しかし彼はとてもいい子だったね。物腰も柔らかいし、変に気負ってない所が良い。心象的には彼は白だ」
「あいつは外面がいいだけですよ。いつもはもっと粗悪な言葉遣いですし。」
「何だい君は。彼が犯人だと思っているのかい?友達だろ?」
「友達じゃなくて知り合いです。だって動機が強すぎるんですよ。」
「ほう。君は何かとんでもないことを知っていそうだね。出来れば教えてほしいのだが。」
「先輩はそこで命令しない所が良いところですね。分かりました。ここだけの話で口外禁止でお願いします。」
「いいだろう。信頼は大事だからな。」
「有難うございます。話は一昨日に端を発します。彼から一通の手紙が来たんです。結婚式の日に父親を殺す、と。」
「殺人予告じゃないか。何で教えなかった。」
「さっきの課長の台詞と同じですよ。信頼は大事だからです。彼は私を信じてこの事を打ち明けました。この信頼を無碍にするのは私の良心がとがめます。そこで私は、直接彼に会って説得しようとこの結婚式にやってきたのです。まだ説得はできていませんが。」
「成程。では彼が犯人というのが濃厚かな?」
「それがそうでもないんです。犯人候補がもう一人いるのです。」
「何?なぜそれを早く言わん。」
「いえ、その人物の名前がまだ分かっていないのです。」
「何?どういうことだ?」
「じつは…。いえ、この手紙を見ていただいた方が早いかもしれません。この手紙をご覧下さい。」
「何だこの暗号は。解けているのか?」
「いえ。完全には出来ていません。但し、最初の三つの数字についてはさっきの彼の中学の時の出席番号と合致するそうです。その後の『2番』については何も見当が付いていません。」
「成程。数字一つなら幾らでも条件が変わりそうだな。一つずつ潰していくか。」
そこに科学捜査班が来た。
「失礼します。少し宜しいでしょうか。」
「おう。いいぞ。」
「この部屋の中なのですが、犯人のものと思しき指紋やその他の証拠物が一切ありませんでした。」
「何?一つもか?そんなことがあるはずがないだろ。人がここに入ったならば必ず証拠が残るはずだろう。」
「はい。そのはずなのですが、まるでそこには誰も存在しなかったとでも言うように何も存在しません。」
実はここは空き家だったのだ。
だから住人の指紋と混ざる可能性も低く、ここにある証拠は全て犯人のものといっても過言ではない。
なのに何もないということは、人がここには入っていないということになってしまうが、そんなことはあり得ない。
この部屋になにか仕掛けがあるわけでもなく、死人が勝手にこの家に入り込む訳もない。
「ここにある証拠は全て警察のものという訳だな?」
「はい。それも特に不自然な場所にあるわけでもなく、特に犯人と繋がりそうな証拠はありません。」
そう。
こうして証拠が全くない時に真っ先に疑うのは、内部犯、つまり警察だ。
歩いたはずの無い所に髪の毛が落ちていないかなどを調べる。
「そうだ。課長。」
「何だ?何か見つかったか?」
「いえ。ただ一つありそうな場所が。」
「どこだ?」
「公衆電話です。さっきの彼の携帯に電話を掛けて来たという人が居たじゃないですか。その公衆電話を探すんですよ。」
「成程。犯人はお前らに近しい奴。ってことは結婚式に参加してる可能性が高い。まずは全員の不在証明を調べろ。幸い死亡推定時刻は短いからな。結構絞れるだろう。」
不在証明の無い人は五人だった。
まずは高野本人。
電話をしている間は誰にも目撃されていなかった。
次に中学の元同級生の佐藤佳奈。
彼女はその時間にコンビニに行っていたらしい。
しかしそのコンビニはちょうどその時間は込んでいるらしく店員は覚えていない。
更に予算の関係上防犯カメラが入り口に設置されておらず、彼女は運悪く映っていなかった。
但し動機は相当薄いからすぐに容疑者から外れるだろう。
三人目は高校の同級生の嵯峨幸則だ。
何と被害者の後輩でもあるそうだ。
聞く所に拠れば被害者はひどい上司だったらしく、少し失敗をしたが最後、延々と説教をされ、その後もすれ違うたびに「ちっ」と舌打ちをされるらしい。
もはやパワハラど真ん中の上司だったらしいが、仕事はできる人だったために今まで解職されずに済んできたらしい。
こっちは動機がありそうだから結構怪しい。
因みにその時何をしていたかと聞くと、「覚えていない」とのことだった。何でもその時間は、何故か頭がぼうっとして、気づいたら一時間ほど経っていたらしい。
私と同じようなことになっていた人がいてびっくりした。
そう。
四人目の容疑者は私なのだ。
ただ動機は特に無いし、すぐに外れるだろうというのが課長の見立てだ。
五人目はあの手紙の犯人だ。
『手紙の犯人』という人を見た人がいないから、ある意味最も有力な容疑者とも言えるだろう。
但し、可能性の一つとして、この四人の容疑者の内の一人がその手紙を書いたという可能性は十分にあるから、そういう意味では、『手紙の犯人』を追うのではなく、誰がこの手紙を書いたのかを突き止めるのが重要事項といえる。
「それにしても手掛かりが少ねえな。俺の経験上こういう事件は迷宮入りしやすいんだがね。何といっても今回は天下の多田君が居るからね。」
「私がどうかしたんですか?」
「君は結構名物捜査官なんだぞ?新卒でいきなり手柄たてまくって検挙率100%なんだってな?」
「いや。当たった事件が比較的簡単なものだっただけですよ。もともとそんなに頭の回転が速いわけでもないので…。」
「それは謙遜が過ぎるというものだろう?すでに本庁に呼ぼうという話すらも出ている超優秀捜査官がおつむの弱い愚図だなんて誰が言うもんか。」
「さすがにそこまでは言ってないですけど…。そういえば私も一応容疑者ですよ?そんなに情報漏洩していいんですか?」
「そこなら誰も問題にしないだろう。規則上君は容疑者ということになってはいるが、きっとその容疑は両日中に晴れるだろう。君のことを本当に疑っている人は捜査本部中にいないからな。」
「あくまで客観的に判断しなきゃだめですよ?」
「分かっているよ。」
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