238話「水浴び場」



「次は、風呂だな」



 王都の街並みを歩きながら、俺はそんなことを口にする。何かと言えば、奴隷たちのことだ。



 この世界では奴隷は道具扱いに等しい存在であり、奴隷商人ですら商品であるはずの奴隷の待遇は良くない。しかし、奴隷といっても扱いとしては生き物の部類に入るため、必要最低限の食事が必要であり、少量ながらも一日三食の食事は保証されている。



 しかし、風呂などの生きていく上で死に直結しないような細事はさせてもらえず、女の身でありながら体臭がかなりきつい。一体何日風呂に入っていないのかと問い詰めたくなるほど、彼女たちの体から漂ってくる臭いは強烈で、思わず風の結界を張ってしまったほどだ。



 一応、食事処に行く前に【クリーンウォッシュ】で汚れは落としているが、今後も服や体が汚れることを考えれば、それをどうにかする方法が必要となってくる。



 であるからして、できればお風呂の方を優先させたかったのだが、それよりも先にカリファが空腹を訴えたため、先に食事をする運びとなってしまった。



 腹が満たされたことで、最初に出会った頃よりは警戒心の無くなった彼女たちを連れ立って、ひとまずはコンメル商会の敷地へと向かった。



 商会の敷地に入ると、彼女たちの先輩にあたる奴隷従業員が住んでいる寮の隣にあるスペースがあったので、そこに歩を進める。



「ローランド様、ここが何か?」


「マチャド、このスペースは何も使っていないな?」


「ええ、見ての通り何もありませんから」


「なら、ここに水浴び場を作るが問題ないな?」


「水浴び場、ですか? そうですね。特に邪魔にもなりませんし、問題ないかと」



 商会の代表であるマチャドの許可ももらったことだし、さっそく水浴び場を作っていく。方法としては至ってシンプルで、魔法を使って一定の広さの地面をくり抜き、そこに水を貯めるだけだ。



 広さ的には長さ十五メートル、幅五メートル、深さは女性の腰辺り位になる七十から八十センチくらいほどの学校にあるプールより少し規模の小さいもので十分だと判断し、狭そうなら随時拡張していくことにした。



 だが、今のままだと一度使用した後使った水を抜くのに労力がいるため、細い水路を作りその水路とコンメル商会の敷地外に流れている下水処理用の水路を繋げることで、簡単に水の入れ替えができるようにした。



 そして、その入れ替える水も水浴び場から少し離れた場所で地下水を掘り当て、水浴び場まで水路を引きストッパーをしておくことで、簡単に新しい水の入れ替えが可能になった。



「一応、男女別に水浴び場ができるようにしておこう。今後、男の奴隷を買うこともあるかもしれないし」



 そう言って、俺は作った水浴び場の四分の三と四分の一の比率の場所に壁を作り、狭い方の水浴び場を男用、広い方の水浴び場を女用の場所とした。そして、外から見えないようにするため水浴び場の周辺を魔法で作った土壁を設置することで、他の人間の目を気にすることなく水浴びができるようにした。



 こうして、ものの一時間も掛からないうちに水浴び場が完成するのだった。今回は温泉を利用した露天風呂ではなく、汗を流すことと服の洗濯ができるように水浴び場にしておいた。



 風呂が必要な時は、孤児院の時と同じく温泉を引っ張ってくればいいという判断からそうしたが、その判断は間違ってはいなかったことを後になって知る。



「よし、お前たち。ここで水浴びをしろ」


「よ、よろしいのですか?」


「構わん。終わったらこの場で待機していろ」



 俺が許可を出すと、それを聞いた奴隷たちが喜び勇んで先ほどできたばかりの水浴び場を利用する。三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、女が二十人も集まればそれはそれは騒がしいことこの上ない。



「……(ちらりっ)」


「マチャド。覗くなよ?」


「まだ覗いてませんよ!」



 まだだと? マチャドよ、その言い方だとこれから先、覗く機会があれば覗くということを言っているようなものだぞ?



 そんなマチャドの下心に呆れながらも、一度コンメル商会に立ち寄り、今後の事業展開について話し合う。ひとまずは小さな屋台から始めていき、客付きの状況如何によっては、屋台から店舗販売に移行するところまで考えておいた方がいい。



 あるいは、屋台の数を徐々に増やして販売場所を増やし、全体の売り上げを上げるという方法も悪くはない。



「どちらにせよ。まずはクッキー自体の売れ行き具合に左右されるわけだが……」


「それは問題ないでしょう。味は確かですし、売れない理由を見つける方が難しいくらいです。ところで、クッキーはいくらで販売するのですか?」


「そこなんだが、重さ売りか枚数売りか袋売りで迷っている」


「ど、どういうことですか?」



 俺はマチャドにもわかりやすいように説明してやる。クッキーなどを販売する際、状況によってはいくつかの販売形式が存在する。それが先の三つの形式だ。



 重さ売りはその名の通り販売する商品の重さを測ってその重さによって販売金額が異なる形式だ。枚数売りは重さや大きさに関係なく枚数や個数で値段が決まる。最後の袋売りはあらかじめ用意した袋に一定数の商品を入れ、その袋一つで金額が決まる形式となっている。



 三つとも似ているようで、値段や販売する側と購入する側の扱いやすさも異なる。重さは大きさによって枚数が違ってくるから、同じ重さでも見た目と個数や枚数が異なってくる。袋売りも入れた人によって重さも枚数も違ってくる場合があり、内容量にばらつきが出てしまう。



 であるならば、ここは販売する側も購入する側も目に見えてわかりやすい枚数売りでいったほうがいい。俺はそのことをマチャドに説明すると、目から鱗といった具合に感嘆の声を上げていた。



「その若さでそれほどの商売の知識。一体どこでそんなことを学んだのですか?」


「こんなこと、商売をやるとなれば当たり前のことだ」


「……その当たり前のことを僕は理解していなかったのですが?」



 俺の言葉に、マチャドは難しい顔で返答する。そんなことを言われても、俺の知ったことではない。おそらく、この知識は前世の地球でごく当たり前のように使われていた販売形式であるため、それが普通の感覚として残っているのだろう。



「とにかく、クッキーの販売形式は枚数売りでいこう。あとは屋台の準備だな。補充ができるよう調理ができた方がいいから、竈付きの屋台がいいんだが、用意できそうか?」


「少々値が張りますが、許容の範囲だと思います。クッキーの売れ行きが見込めるので、すぐに取り戻せる金額ですよ」


「なら、屋台はそんな感じでいいとしてだ。まずは試験的に始めたいから、屋台の数は一台で運用する。二十人いるから七人、七人、六人で振り分けて朝昼夕の三交代制にすれば、重労働にはならないだろう」


「……」



 俺の提案に、マチャドは俺の方をじっと見つめたまま反応を示さない。その顔にはまざまざとこう書かれていた。“どこでそんな知識を得たのか?”と……。



 兎にも角にも、クッキー自体がこの世界で王侯貴族などの有力者の間でしか嗜まれていないことを鑑みて、まずはクッキーというものをこの国の中で当たり前に流通している食べ物として認識させなければならない。そのためには、富裕層以外の庶民の間に広まることが必須だ。



「よし、とりあえず。奴隷たちの服を買いに行くついでに、クッキー販売で使う竈付きの屋台を見に行こうか」


「ローランド様、それでは屋台が奴隷たちの衣服を買うついでと言ってるように聞こえますよ?」


「それもそうだな。まあ、どのみち両方揃えるから後でも先でも問題はない」



 それから、大体三十分ほどマチャドと今後の方針について話し合い、概ね話が形になったところでそろそろ奴隷たちの水浴びも終わった頃だろうと思い、水浴び場へと向かった。



 しかしながら、女性の身支度に掛かる時間を見誤っていたようで、未だにゆっくりと水浴びを楽しんでいる彼女たちの姿があった。



 そんな俺たちを見つけたシーファンが駆け寄ってきて、申し訳なさそうな顔を浮かべながら謝罪してくる。



「も、申し訳ございません。まだ全員終わっておりません」


「いや問題ない。別に急いでいるわけではないからな」



 それから、さらに三十分ほどの時間を要して、全員水浴びが完了したため、俺は彼女たちに彼女たちの服と、今後やってもらうクッキー販売をするための屋台を見に行くことを伝える。



 奴隷たちは、今着ている服の他にも新しい服が貰えると思っていなかったようで、本当に嬉しそうな顔をしている。



「じゃあ、今から服屋に行くぞ」


『はい!』



 全員が大きな声で返事をすると、そんな彼女たちを引き連れて、再び街へと繰り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る