239話「屋台購入」
「いらっしゃいまし、本日はどういったご用向きでしょうか?」
再び王都の街へと繰り出した俺たちは、まず奴隷の服を新調するため、一般的な平民が着用する平服が売られている店へとやってきた。
対応に出てきた店の女性に「彼女たちの服を下着を含めそれぞれ三着ずつ見繕ってくれ」と伝え、客が奴隷であることに少し戸惑っていたものの、すぐに接客を始める。
「こちらに置いてある服が値段も手ごろですので、よろしいかと思います」
「まあ、適当に頼む。お前たちは、気に入った服を選んでおくように」
『はい!』
先ほどから目を輝かせながらわくわくしている奴隷たちを横目に、俺はマチャドを伴って屋台を販売している店へと歩を進める。道中マチャドに聞いたが、何でも奴隷というだけで扱いが酷くなる傾向にあるらしく、服はおろかまともな食事すら与えられないことが多いということだ。
「だから、まともに食事を出し、あまつさえ奴隷に服を買い与える主人はなかなか稀だと思います」
「お前もそうするのか?」
「ええ。食事は生き死に直結しますからそれなりなものを出しますが、衣服に関しては対応しないでしょうね」
「なるほど。だが、覚えておくといい。人間そういう細かい気配りができる奴はそういない。だからこそ、それを受けた相手は恩義を感じそれに応えてくれるものだ」
「そういうものですかね」
奴隷でなくとも、人間世話になった相手に大なり小なり好感を抱くものだ。それを意図的にやっている者もいれば、無意識にやっている者もいる。俺はどちらかといえば前者の方と言える。
尤も、相手が恩義を感じてくれるとかそういった計算をしている訳ではなく、そうした方がいいと考えての俺の気遣いだ。
そんなことをマチャドと話していると、すぐに屋台を販売している店が見えてくる。偶然だが、服が売られている店は目的の屋台を販売している店の四軒隣だったので、すぐに到着する。
「いらっしゃいませ」
「竈付きの屋台を見せてくれ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
屋台を売っているお店には、屋台以外にも行商人が利用する幌付きの荷馬車が数台置いてあり、どちらかというとそちらの方がメインの取引を行っているようだ。
それ以外にも人の手で押して動かすタイプの荷車も扱っているようで、車と名の付くものであれば一通りは揃っていた。
俺たちはその中でも屋台の移動販売をメインとする方法でクッキーを販売するため、補充が容易な竈付きの屋台を探していた。
店主に案内された先にあったのは、多少年季が入っているものの、まだまだ現役で使えそうな屋台だ。屋台内部の側面に簡易式の竈があり、そこで火を使った調理ができるようになっている。
女性が扱うには少々重そうだが、人数的に協力すれば持ち運びには問題ないと判断し、すぐに交渉に移る。
「よさそうだな。いくらだ」
「はい。こちらは小金貨五枚となっております」
「少し高くありませんか?」
店主が提示した金額に異を唱えたのはマチャドだ。こういった物の相場というものはわからないが、どうやら彼からすれば少々お高かったらしく、それを指摘する。
しかし、相手も商人であり、それもマチャドよりも年齢を重ねたやり手だったようで、痛いところ突かれていた。
「お客様、こちらの屋台は在庫がもうこれしか残っておらず、新しく商売を始める方もいらっしゃいます。今決めてしまわないと他の方に取られてしまいますが、どうしますか?」
「ぐっ……」
店主が自信満々の顔をしながらマチャドの言葉に反論する。マチャドはその言葉を聞いて、顔を歪めながらも言い返すことができない。なぜならマチャド自身理解しているからだ。もしここで値段が高いからと値引き交渉をするのならば「では、この値段で買ってくれる他の方に売ります」と言われたらそこで交渉は決裂し、この話は終わってしまうということを。要は足下を見られているのだ。
かといって、商人として相場よりも少々お高い商品を買うというのは、あまり気分のいいものではないし、適正価格でないとわかっていながらそれを買わざるを得ないというこの状況も納得できないようだ。
「店主、これを見てくれ」
「こ、こここここれ、これれ、これは!! ミ、ミスリル一等勲章!? ということは、あなた様は!!」
「改めて聞こう店主。本当にこの屋台、値段は小金貨五枚でいいんだな?」
埒が明かないということで、俺は店主にミスリル一等勲章を見せる。すると、その効果は絶大だったようで、先ほどまでの態度が一変し、頭を下げ始めた。
「誠に申し訳ございませんでした! お代は結構ですので、そのままお持ちください!!」
「そこまでは言っとらん。店主、この屋台の相場はいくらだ?」
「小金貨一枚、高くとも小金貨二枚ほどになります」
「では、なぜ小金貨五枚なんだ? ただ吹っ掛けようとしただけなのか、それともその値段にしなければならない理由があったのか?」
「そ、それは……」
「話してみろ。場合によっては力になれるかもしれん」
「じ、実は……」
俺は、店主がなぜ相場よりも高い値段を付けていたのか気になった。だから、思い切って聞いてみることにした。すると、やはり店主がその値段で屋台を販売していたのには理由があったのだ。
店主の話では、この屋台を作っている職人は気難しい人間で、ちょっとでも気に入らないことがあるとすぐに作業をやめてしまうらしい。腕はいいのだが、その人柄からなかなか仕事を受けてくれないことも多かったが、それでもその職人も生活のために一定数の仕事をこなさなければならいため、定期的にその職人が作った作品を手に入れられていた。
ところが、ちょっとしたことがきっかけで職人の機嫌を損ねてしまい、もう二度と作ってもらえなくなってしまったということらしいのだ。その原因はわからず、それが余計に職人の気に障ったようで「もう二度とお前のところで作らない」と言われてしまったとのことだ。
「それで、この値段だったということか」
「はい。私としても一体何が原因でこんなことになってしまったのかわからず仕舞いでして、その原因をその職人に聞き出そうにも、それが余計に相手を怒らせてしまうという悪循環でして……」
「ふむ」
興味深い話ではある。一体店主の何が職人を怒らせたのか、個人的に知りたい案件だな。それに、いずれは屋台の数を増やしていく予定であるため、これ以上この屋台が手に入らないのは困るのだ。
屋台の構造はそれほど難しいものでないので、作ろうと思えば作ることはできる。だが、それはあくまでも我々が使うためにという注釈がついてしまう。
最終的にこの国にクッキーを広める以上、マチャドやグレッグに任せているコンメル商会やグレッグ商会程度の規模だけでは足りない。商業ギルドや有力な大手の商人も巻き込んだ一大プロジェクトに昇華させなければならない。
そのためには、こういった屋台を作る職人の力も必要になってくるため、今のこの状況はあまりいいものではない。
「なら、俺がその職人のところに行って何とか説得してみよう」
「よろしいのですか?」
「いずれは屋台の数を増やしていくつもりだから、作ってくれないとこちらも困る」
「よろしくお願いします」
突然だが、職人の元へ向かうことになった俺は、一旦屋台購入を保留にし、マチャドと共に店を出たのであった。
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