93話「始動、グレッグ商会」



「坊っちゃん」


「すまない、待たせてしまったか」


「いや、今来たところだ」



 再び商業ギルドへとやってきた俺は、グレッグの姿を見つけるとすぐに歩み寄っていく。いつものおふざけモードと平民の服を着ているので、今回は全員平伏ということはないだろう。これでも、家族や領民を六年間も騙し通してきたのだ。猫かぶりには多少の自信がある。



 そのまま、受付でギルドマスターに会いたい旨を伝え応接室で待っていると、すぐにギルドマスターがやってきた。



「っ!? これはこれは、お待ちしておりました」


「朝にも言った通り、店舗の契約と商会の立ち上げをするための代理人を連れてきた。すぐに手続きを頼む」


「畏まりました」


「え?」



 俺とキャッシャーのやり取りをぽかんとした表情で呆然と見守るグレッグだったが、俺たちのやり取りの内容を理解したところで、キャッシャーが必要書類を準備するために一度退室したタイミングで声を掛けてきた。



「ぼ、坊っちゃん。あの話本当だったんですかい!?」


「本当も何も、朝に伝えていたじゃないか。何を驚いている」


「だ、だっていきなり店の経営を任せるとか言われても信じませんよ! しかも、なんでギルドマスターが坊っちゃんに対してあんなに下手に出てるんですか!?」


「それは……まあ、俺だからな」


「答えになってない!!」



 それからグレッグの追求をのらりくらりと躱していると、キャッシャーが戻ってきたためグレッグが静かになる。うん、空気を読める人間は嫌いじゃない。うん? 俺が空気を読めないだって? ……ちょっと何言ってるかわからないな。



「こちらが、店の権利書と新規の商会立ち上げに際し、必要な書類となります。商会名はいかがなさいますか?」


「【グレッグ商会】で」


「ぼ、ぼぼ、ぼぼぼ坊っちゃん!!?」



 まさか自分の名前で商会を作るとは考えていなかったのだろう、まるで壊れたレディオのように同じ言葉を連呼するグレッグ。……お前の思春期はとうに終わってるだろうが、中年期におっさんから爺になるつもりか?



 それから今回の件に対し抗議の声を上げるグレッグの言葉をすべて黙殺し、店舗の権利者と商会の責任者をグレッグの名で登録を済ませる。さらに抗議の声を上げ続けるグレッグに対し、ストレージ経由で魔法鞄から取り出したパンを口に突っ込んで物理的に黙らせた。



「もぐ、もぐもぐもぐもぐ!?」


「何言ってんのかわからないから」


「んぐ、坊っちゃん! これはいくらなんでも常識を範疇を超えてますぜ!?」


「説明が面倒だな……とりあえず、うるさい黙れ」


「なっ!?」



 俺の傍若無人な態度に、再び呆然とした表情を浮かべる。過去にマルベルトの領民に見せた傍若無人モードを発動させ、グレッグに無茶ぶりを行う。



「お前、店を持つのが夢なんだろう? その夢を俺が叶えてやると言っているんだ。有難く頂戴しろよ?」


「で、でも。そんなことしてもらっても、俺にはその恩を返すことができません」



 いつもの口調から丁寧口調に戻ってしまうグレッグを内心で苦笑いを浮かべながら、真面目な顔を作って問い掛ける。



「グレッグ、お前は店を経営するのが不安なのか? 自信がないか?」


「そ、そんなことはありません。坊っちゃんが納品してくれる品であれば、失敗する方が難しいでしょう」


「なら、やってみせろ。お前が俺に対し恩を感じているというのなら、お前の残りの人生すべてを賭けてでもこの商会を大きくして見せろ。お前も商人だろうが」


「ぼ、坊っちゃん……あ、ありがとうございます!」



 俺の言葉に感極まったグレッグが、涙を流しながら土下座する。おいおい、少し大げさすぎやしないかグレッグさんよ?



 それからグレッグを立ち上げらせ再びソファーに座らせたタイミングで、キャッシャーが声を掛けてきた。……おっと、少し恥ずかしいところを見せてしまったな。



「それでは、建物の契約金として大金貨二枚と中金貨四十枚の計大金貨六枚、商会立ち上げの初回費用として中金貨三枚を頂いて、合計大金貨六枚と中金貨三枚となります」


「ほい」



 俺がいとも簡単に大金を支払うと、キャッシャーが目を見張るように驚きグレッグは「そんな投げやりに大金を支払わないでください」と注意されてしまった。



 とりあえず、これでアクセサリーを販売するための店舗と土地の契約、並びに商会の立ち上げは問題なく完了した。キャッシャーから手渡された契約書の控えと権利書を投げやりにグレッグに手渡そうとしたら「それは坊っちゃんが持っていてください。これだけは絶対に譲れません!!」と確固たる決意といった目で言われたので、仕方なく受け取ることにした。……まあ、いずれ良きタイミングでグレッグに丸投げするつもりだがな。ふっふっふっ、今回も責任逃れをやってやるぜ。



「それでは、これで今回の契約は以上となります。また何かありましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」


「待て、ギルドマスターキャッシャー」



 さりげなく退室しようとするキャッシャーを呼び止め、再びソファーに座らせる。今回の一件で、いろいろと迷惑を掛けてしまった部分もあることは自覚しているため、彼の労働に報いることにした。



「あ、あのーまだ何か?」


「ギルドマスターキャッシャー。今回の一件で、あなたにはいろいろと迷惑を掛けた部分もある。俺はそれに報いたいと考えている。何か要望はないか?」


「……急に言われても思いつきませんね。そもそも、今回の件は腐敗した商業ギルドの実態を知りながら、その環境を改善もせず妥協していた私にも非はありますので」


「ふむ、であればギルドマスター。一つ儲け話があるのだが、乗ってみる気はあるか?」


「……お聞きしましょう」



 キャッシャーが商人の目になったのを確認すると、俺はストレージ経由の魔法鞄から五つの指輪を取り出す。それぞれの指輪に使われている宝石は異なり、エメラルド・サファイア・ルビー・トパーズ・ダイヤモンドだ。さらにそれぞれ四角や楕円形などの異なった形にカットされており、ダイヤモンドに至っては地球でも一度は耳にしたことがあるブリリアントカットと呼ばれる加工が施してある。



 指輪を見た瞬間、キャッシャーはもちろんのことグレッグもその指輪に思わず息を飲んだ。この世界でも宝石を使った装飾品は高値で取引されているが、どれも削りが荒く歪な形のものが多い。だというのに、今目の前にある指輪は綺麗な形に加工されている。それだけで、この指輪にどれだけの技術が投入されているのかが嫌でも理解できるのだ。



「この五つの指輪を商業ギルドに卸したい。ただし、これらを販売する際にいくつかの条件を守ってもらうが、どうだろう?」


「その条件とは?」


「まずはこれらを販売する際に一つの組織に対し、販売する個数は一つだけにしてほしい。例えばこれを貴族に売る場合は、一つの貴族家対して一つだけしか売ってはいけないということだ」


「それは問題ないでしょう。他には」


「次にこれを卸した人物が俺であるという情報の秘匿に、この指輪は再生産の予定はない一点ものであると売る相手に告知し、再注文は一切認めないことを了承させてほしいということだ」



 つまりは、この指輪はたまたま手に入ったもので今回購入を逃すと二度と手に入らないということを強調しつつ、入手先が俺であるということを秘匿して厄介事を回避しようという目論見なのである。



 この条件は、グレッグに最初にアクセサリーの委託販売を任せた時に出した条件だったが、その後出荷の数を増やしたため他の中小規模の商会に一定数卸す許可を出したのだ。数個程度であれば訪問販売による直接交渉が可能だが、それが五十や百単位ともなればすべて捌くのにかなりの時間を要してしまうからだ。



「わかりました。その条件でも大丈夫です」


「条件は以上だが、とりあえずこれが本物かどうか一応そっちで鑑定をしてみてくれ」


「これだけのものであれば、鑑定しなくても本物だとわかりますが、そこまで言うのでしたら鑑定させていただきます」



 それから、ギルドマスター自ら鑑定を行い、改めて指輪が本物であることが確認されたのだが、ここでキャッシャーが残念そうに口を開いた。



「それにしても残念ですね」


「何がだ?」


「これほどの品であれば、王都で開催されているオークションに出せれば、かなりの金額になると思うのですが……」


「ならそうすればいいじゃないか」


「実は……」



 キャッシャーの説明によると、どうやらここ最近オラルガンドと王都の交易路において大規模な盗賊団が幅を利かせるようになり、その交易路を利用した行商人が大きな被害を受けているらしい。王都にいる騎士団やオラルガンド側からも度々討伐隊が編成され、見回りの強化も行われたが、それを敏感に察知した盗賊たちが雲隠れをしてしまい、鼬ごっこが続いているとのことだ。



「王都で開催されるオークションに出品できれば、状況次第では大金貨五十枚以上の値が付いたかもしれませんのに……」


「なるほど、では護衛を強化すればいいのではないか?」


「度々依頼は冒険者ギルドに出しているのですが、盗賊との直接的な戦闘があるということで、他の高ランク冒険者たちがなかなか受けてくれないのです。護衛よりもダンジョンでモンスターを狩った方が、得られる報酬は高いですからね」


「そうか……ところでギルドマスターキャッシャー。俺の知り合いに四人組のAランク冒険者パーティーがいるんだが、そいつらならもしかしたらその護衛依頼を受けてくれるかもしれないぞ?」


「ほ、本当ですか!?」



 キャッシャーの言葉にゆっくりと頷く。これであいつらを追い払う口実ができたので、今度会ったらさっそく師匠権限を使って受けさせなければなるまい……。そこから、指輪はすべて王都のオークションに出品し、王都へ運ぶ際の護衛を商業ギルド経由でギルムザック達に指名依頼として出すという運びとなり、買取金などに関しては指輪が落札されたあとに後日また話し合うこととなった。これですべての取引が終了したため、俺とグレッグの二人は取引完了の合図として、キャッシャーと握手を交わしてから商業ギルドを後にした。



 商業ギルドを出ると、俺たちは実際の店舗となる建物の状態を確認するべく、現地へと向かった。本来であれば、内見などで状態を確認してからの契約にしたかったのだが、貴族モードで現地に向かえば街の住人が平伏する騒動になることは目に見えていたため、諦めざるを得なかったのだ。そういう意味では、貴族モードを出したのは失敗だったな。



「ここが例の場所か」


「そうみたいですぜ」



 あれからグレッグの口調が元に戻らず、一度指摘してみたのだが「もう坊っちゃんに足を向けて寝られない」などと言って、頑なに丁寧語を崩さなかった。俺としては気にしないのだが、本人がそれでいいなら俺としても特に言うことは何もない。



 目的の場所に到着したのだが、ここで一つ疑問が浮かばないだろうか? いくら貴族モードで外に出たくなかったとしても、大金貨クラスの大きな買い物にも関わらず何故実際に物件を見なかったのだろうかと……。その答えは実に簡単だ。



「ただいま、ヌサーナ」


「おや、今日は早い帰りじゃないか。何かあったのかい?」


「いや、たまたまこのタイミングで戻る用があっただけだ。すぐにまた出掛けるから、これで」


「お昼を食べるなら用意しとくけど、どうするんだい?」


「なら、もらおう。今日は連れがいるから二人分で頼む」



 そう、実は俺が契約した店と寮がある場所というのは、なんと俺が宿泊している宿【夏の木漏れ日】の真向かいにある物件だったのだ。よくこんな場所が残っていたなと感心したのだが、なんでも以前の所有者が亡くなった際に「ギルドマスターが認めた相手に譲っていただきたい」という遺言を残していたらしい。その遺言の相手が俺でよかったのだろうか?



 その遺言を残した商人は、生涯独り身だったらしく残った財産をすべて商業ギルドに寄付したらしい。その寄付されたお金で定期的に建物内の維持が行われていたようで、予想よりもかなり綺麗に整理整頓が行き渡っていた。



「これなら少し掃除するだけですぐに営業ができそうだな」


「そうですな」



 次に寮の方も確認してみたが、特に何かが壊れていたりという様子もなく、こちらも少しの手入れですぐに使えるようになるだろう。



 一通り見て回ったところで、昼時になったので夏の木漏れ日でグレッグと一緒に昼食を食べ、ナタリーたち姉弟と約束した時間になるまで店舗営業ができる形になるように準備を進めた。そのお陰もあって、ひとまず営業ができる程度には準備ができたところで、約束の時間が来たので、グレッグを店舗に残して姉弟を迎えに行くことにした。



 姉弟のもとを訪ねると、指示した通り必要な荷物をまとめていたので、ストレージにすべて収納し姉弟を引き連れて店舗へと戻ってきた。



「ここが今日から二人が働く予定の店だ」


「何もないですね」


「明日売り物を持ってくる予定だ」



 とりあえず、二人を寮へと案内する。寮は全部で六部屋あり、二人には好きな場所を選んでもらった。ちなみにグレッグもここに住むかと聞いてみたら「是非お願いします」と言われたので、好きな部屋を選んでもらった。ストレージ内の荷物を姉弟それぞれの部屋に取り出し、すべて渡しておいた。



 今日のところは、やることが終わったのでそのままグレッグに任せることにして、今日の夕食を夏の木漏れ日で食べてもらうための三人分の食事代を支払っておく。グレッグは辞退しようとしたが、これから世話になるからと無理矢理に金を押し付けた。



「じゃあ、明日は少し早めに来るから、これからよろしく頼む」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「二人も頼むぞ」


「はい」


「頑張ります」



 それぞれに挨拶を済ませ、ようやく宿の部屋に戻ることができた。部屋に戻ってみると、俺が出掛けていた間に作業していたゴーレムたちの作業が終わっており、大量のブレスレットが完成していた。出来上がったブレスレットの数は、六ミリのものが百十個、四ミリのものが百七十個ほどだった。ストレージに保管していたすべての魔石英と暗魔鉱石の加工を一手に任せてみたが、問題なく加工できているようだ。



「全員ご苦労さん。今日はもう仕事はないから各自待機しておいてくれ」


『ムー』



 俺がねぎらいの言葉を掛けると、相変わらず変な鳴き声で返事をし、一定の間隔を取りながら動かなくなった。どうやら待機状態になっているようだ。ちなみにプロトは、一号の隣で同じように待機している。



「さて、夕飯を食べたら今日はもう休むとしよう」



 それからグレッグたちと夕食を食べたあとは、日課の鍛錬を行って体を清めてから眠りに就いた。明日からは、アクセサリーの販売が始まるので、どれくらい売れるのか楽しみだ。

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