94話「開店したけど、働きません」



 翌日、いつもより早めに起床した俺は、軽い身支度を済ませてすぐにグレッグ商会へと向かった。商会に入ると、グレッグたちが待っていたので挨拶もそこそこにさっそく商品の棚卸しを始める。



 棚卸しといっても、現在商会で取り扱っていく予定の商品が、俺の作った二種類のブレスレットのみというラインナップとしては心許ない数であるため、それほど時間も掛からず陳列が終わった。



 とりあえず、これで店としての開店準備は整ったので、ナタリーとジャンの二人に改めて雇用についての説明をすることにした。



「というわけで二人とも、この店で販売するのは今のところこのブレスレットを売ってもらうからそのつもりで。何か質問は?」


「ありません」


「僕もです」


「じゃあ、給金についての話になるんだが……グレッグ、この場合の相場っていくらになる?」



 グレッグによれば、一日の食費が大体大銅貨一枚から三枚くらいで、それに少し色を付けた程度が一日の給金の相場になるそうだ。ということは、大体大銅貨三枚ちょっとということになるのだが、なんでもスラム出身者はあまり信頼がないため最低保証の大銅貨一枚になることがほとんどらしい。



「あたしたちは最低賃金でも構いません」


「そうか、ならばグレッグ。こいつらの給金は一日につき大銅貨四枚で出してやれ、一月で中銀貨一枚と小銀貨二枚だな」


「さすが坊っちゃん、計算が早いですな」


「そんなに頂けるのですか?」


「ああ、寧ろどれだけ忙しくてもそれだけしか出さないとも言えるから、死ぬ気で働け」


「あ、ありがとうございます。頑張ります!」



 俺の言葉に、ぺこぺこと頭を下げるナタリーとジャン。ふっふっふっ、だがしかしそれが落とし穴なのだよ……。食費だけなら一日大銅貨三枚なのだろうが、そこに家賃や食事を作るための薪代、その他生活必需品などを入れると、それ以上掛かってしまうのは明白だ。



 だというのに、俺は食費プラス少々程度の賃金しか支払うということしかしていない。これを悪徳と言わずしてなんと言うのだろうか。尤も、この世界の経営者はスラム出身者を永続的に雇うということはほとんどしない。仮に雇ったとしても、日雇いのみだとか報酬が大銅貨一枚だとか俺以上に酷い雇用条件を突き付けてくることがざらにあるので、どちらかというと俺の雇用条件は良心的な部類に入るだろう。



 それに加えて、寮があるため住み込みの雇用となっており、家賃は発生せず必要なのは食費とそれ以外の生活必需品のみときてる。スラム出身者のナタリーたちにとっては、まさに夢のような雇用条件なのである。……たぶんね。



「そうだ。こいつらをここに設置しておくことにするから、よろしく」


「「「え?」」」



 そう言ってストレージから取り出したのは、二体のゴーレムだった。朝起きた時に、今後手荒い連中がやってこないとも限らないため、用心棒代わりに戦闘に特化したゴーレムを作ってみたのである。



 最初に作った職人ゴーレムよりも若干背の高い五十センチほどの大きさで、ごつごつしたタイプの見た目ではなく、どちらかというとデフォルメを加えた可愛らしい造りとなっている。



「ゴーレムですか。これは坊っちゃんが?」


「まあな。何かあればこいつらが守ってくれるから」


「なんか可愛いですね」



 やはり女性であるナタリーが、用心棒ゴーレムを見てそんな感想を漏らす。二体のゴーレムに店で暴れる人間がいたら取り押さえることと、三人に危害を加えようとしたら殺さない程度に相手を無力化するよう命令し、空いているスペースに待機させた。



 見た目がファンシーなため、店がどことなく柔らかい雰囲気になってしまったが、何もない殺風景なものよりはマシなのでこれはこれでよしと自分を納得させた。



 それから、夏の木漏れ日で四人で朝食を食べる。もちろん食事代は俺のポケットマネーだ。食事が終わると、店に戻った。とりあえず、今日は様子見で三人に店のことを任せ、滞っていたダンジョン攻略と例の件を片付けるべく、一度冒険者ギルドへと向かった。……あいつらいるかな?



 冒険者ギルドにやってくると、さっそくギルムザック達がいないか確認する。すると索敵に反応があったので視線をそちらに向けると、大きな胸をバインバインと揺らしながらメイリーンがこちらに突進してきていた。やつめ、身体強化を使ってやがるな……あれは当たったら痛いじゃすまないぞ。



「せんせーい!」


「ひらり」


「はぶっ」



 当然だが、メイリーンの突進を受け止める必要性も義務もないため、ぎりぎりのところで躱してやると、勢い余って顔から床にダイブしていた。そのまま顔を引きずっていたが、彼女なら問題ないと判断し、苦笑いでこちらに近づいてくるギルムザック達に声を掛けた。



「よう」


「おはよう、師匠。今日こそは修行の続きを……」



 会って早々、ギルムザックが修行についての話をしてくる。はっきり言うが、こいつらの修行はもうほとんど完了しているのだ。



 身体強化に頼った戦い方から自身の基礎体力を底上げしたことで、今のギルムザックたちは最初に出会った時の倍以上は強くなっているだろう。それを再三に渡って説明しているというのに「自分たちはまだまだだ」と言って聞かないのだ。まったくもって鬱陶しいことこの上ない。だが、それも今日までである。



「ああ、そのことについてだが、お前たちに課題を与えることとする」


「課題だって!?」



 それを聞いたギルムザック達が、顔を輝かせる。どうやら稽古をつけてもらえると勘違いしているようだ。まあ、違うんだけどな。



 それから詳しい話をするため、人のいない部屋を借りて彼らに説明することにする。一応念のため部屋全体に音を遮断する風魔法を張ったら、メイリーンが「さすが先生です」と恍惚とした表情を浮かべ出した。どうやら、さっきの顔スライディングは大丈夫だったらしいな。こういうのを面の皮の厚いやつとでも言うのだろうか?



「お前たちには、商業ギルドから出されるある指名依頼を受けてもらいたい。それが今回の課題だ」


「商業ギルドだって? 一体どんな依頼なんだ?」


「依頼内容は、商業ギルドから出ている隊商を王都まで護衛する依頼だ」


「ただの護衛依頼がなんで課題になるんだ?」



 全員を代表して、ギルムザックがそう答える。他の三人も同じ気持ちのようで、こくこくと頷いていた。そこから得意の口八丁を駆使して彼らの説得を試みた。



「いいか、お前たちは以前と比べ物にならないほどに強くなった。だが、強さとはただ力を振るえばいいというものではない。何かを守りながら戦うということも強さの内なのだ。お前らがオークキングと戦っていた時の俺の行動を思い出してみろ」


「そう言われれば、確かにあのときの師匠は守りに徹していた」


「あれこそが本当の力……強さなのだ。ただ自分の欲のために振るう力は強さじゃない。そんなものはただの暴力だ。だからこそ、今回の依頼を完璧に遂行することで本当の強さとは何なのかを実感してほしい」


「「「「し、師匠(先生)!!」」」」



 俺の言葉に感動した四人が、目を輝かせる。うん、もちろん口からの出まかせだからな? 力というのは、どんな理不尽なことでもそれを打ち砕いてしまうさらなる理不尽さ、それが本当の強さだ。いかなる暴力をも飲み込んでしまうほどの力こそ、強さなのだよ。力こそ正義……まったくいい時代になったものだ。ハッハッハッー。



 おっと、どうやら妄想を膨らませすぎたようだ。ギルムザックたちが不審な顔でこちらを見ている。何か口にしなければならないと考えていたその時、メイリーンから思わぬ突っ込みが入る。



「先生さっき悪い顔してました」


「そ、そうか?」


「ええ、まさにこの世界の欲をすべて手に入れようとする亡者のような顔です」


(どんな顔だよ!!)



 思わず突っ込みが口に出そうになるのを辛うじて押し留めることに成功した俺は、部屋に掛けていた魔法を解除して冒険者ギルドの受付へと戻った。



 受付に戻ってみると、いきなり俺の前方に巨大な壁が立ち塞がる。その壁を見上げてみると、どうやら巨大な体格を持った冒険者だったらしい。そういえば、この顔どこかで見た気がするな。



「坊主、久しぶりだな」


「誰だ?」


「ああ、覚えてないか。ほら、ダンジョンで飯を食わせてもらった冒険者と言えばわかるか?」


「そうか、思い出した。あの時の冒険者たちか。たしかステーキの」


「そうだ」



 そこに現れたのは、ダンジョンの三階層を攻略しているときに出会った冒険者のオルベルトだった。たしかあの時昼食にステーキを焼いていたら、ステーキを売ってくれと言われたので、ぼったくり価格で売ったんだったな。



 一体何の用なのだろうと俺が考えていると、その巨体を勢い良くくの字に折り曲げてきたと思ったら、頭を下げて懇願してきた。



「頼む。坊主の料理を俺に食わせてくれないか? 金なら払う」


「ふむ……」



 そう言いつつ、俺は目の前の冒険者を解析してみた。すると、意外なことにCランク冒険者で全体的なパラメータは物理寄りではあるがその最高値がB+と高く、鍛え上げる前のギルムザックたちとあまり変わらなかった。おそらく、ギルムザックたちとは逆で身体強化に頼らずその基礎体力でCランクに上り詰めたタイプの冒険者なのだろう。



 遠巻きに見ている彼の仲間たちも、ランクにしては高いステータスを持っており、その結果を見て今回の一件で使える人材だと判断した。



「作ってやることはやぶさかではないが、一つこちらの頼みを聞いてくれ」


「なんだ? 俺にできることならなんでもするぞ」



 男からそんな言葉を聞いたところでなんの感情も湧かないが、とりあえず言質は取ったので、今回の商業ギルドの護衛の件を彼らにも頼んでみることにしたのである。



「その隊商の護衛をしてくれたら、タダで食わせてやろう」


「ほ、本当か!?」


「ただし、この街と王都の往復になるから、かなりの時間が掛かってしまうぞ。それでもいいなら、食わせてやろう」


「了解した。他の仲間も参加させる」



 よし、人材確保できたぜ。優秀な人材を護衛に付けておけば、それだけ隊商の安全性が増すというものだ。戦力的には、ギルムザックたちだけで事足りているだろうが、世の中に絶対はない。オーバーキル気味で準備した方がいい時もあるということなのである。



 詳しい話は、商業ギルドから出る依頼で確認してほしいとオルベルトたちに伝え、ギルムザックにアイコンタクトで“こいつらを上手く使って護衛を確実なものにしろ”と訴えかけ、そのまま冒険者ギルドを後にした。ギルムザック達はさっそく、オルベルト達のパーティーと交流を深めようと宴会を始めるようだ。飲み過ぎには注意してほしいところである。



 余談だが、その宴会に誘われたがこちらはこちらでやることがあると丁重に断ろうとしたその時、暴走したメイリーンが再び襲い掛かってきたので、頭にチョップを落としクールダウンさせるという一幕があったことは言うまでもない。



 新しく始めた店はグレッグたちに、商業ギルドの隊商の護衛はギルムザックらに丸投げし、俺は一人ダンジョンへと足を向けた。なに、自分で働いてないだって? ……だってしょうがないじゃないか、俺だもの。

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