第九話 作戦終了

真面目な憲兵は殴りかかる。

肋骨を少々、持っていかれた。その場に西洋の騎士の儀式のように跪く。

咳き込む。吐き出したしたものの味を噛み締める。


しかし勝利の確信。それはこちらも同じだ。

「血の匂いが混ざったのか、知らないが妙に懐かしい匂いだ」

「……何を言ってる?」

真面目な憲兵は訳が分からないようにトドメを刺そうとした。

「待て。俺に貸しがあるでしょ?君?」

 道化師は沈黙を求めた。

 本当に求めるものは他のものらしいが。

 少し蒸し暑くなる。どうやら俺はまだ死ねない。

 「死ぬのか、アンタは?」 

 真逆だ真逆。懐かしい声のようだった。


 顔を見て安心した。

同時によく分からなかった。分からないと言えば分からないのだ。コイツの声はもっと弱々しかったはずなのに。

けれど、陽の光が照らすコントラスト。逆光に立ち向かう少女。

思ったより頼もしい奴だったんだな、と思った。

体が動く。肋骨はとてつもなく太い針で貫かれるくらい痛い。

「エル……遅え」

軽く挨拶。その後、息を止めて跪いた状態から立ち上がる。痛みは和らぐ。

「ここまでしてくれれば充分だ。まもなくカタをつけよう」

エルの装甲から蒸気が溢れる。動力は最高限らしい。


エルの防衛は成功し、最終的な勝利の確信を手に入れる。

「装甲なしでは脆弱な化け物もどきが!」

真面目な兵士は斬りかかるが、吹き飛ばすような神風が兵を薙ぎ飛ばした。

「がは!?」神風は渦を巻く。野山から烏共が飛んでいく。さっきまで静かに傍観していたのだろうか。

「あー、来たね。やっぱ君来たんだ。」

男は細い紙煙草を咥え直す。

「俺は君、嫌いじゃないけど」

 ニヤニヤとした薄ら笑い。意味合いは期待。

 エルがどちらに転ぼうと嬉しいものだろう。

「私のやり方で潰す。命だけは見逃す」

 目を細める。

「……やってみせろよ」男は少し焦るように後退りした。 

 静かに真っ直ぐ狙いを定めるように見えた。

白銀の装甲が一瞬の内に輝く。

途端、瞬きをする間もなく道化師との距離を詰める。

エルは男の顔面を思いっきり殴りつける。

「ありがとう。名も知らぬ憲兵よ。」

道化師だった男を見ることはない。

汽車のような轟音は少しも気にならないくらいエルは綺麗だった。

「死なねぇよ。お前、頼もしくなったなあ。」

エルは振り向くことはない。男は少し眠るように沈黙した。

「おい結月、歩けるか?」

手を払い退ける。少し焦ってた。

「もっと頼ってくれ。手を貸すよ」

手を差し出すエル。こいつは依然より強い。

 だから、今日はコイツに全部持ってかれた。エルの成長の実感と共に俺の必要性を抱く。

「遅い。俺の師匠なら奇襲だけで敵を焼き払える」

 エルは掴んだ手を離す。怒ったのだろうか?


「知るか。お前は私の理想に乗って協力した。相棒バディでも組んだと思え。どちらにせよ、もう戻れない。」


その一言で俺は少し嬉しくなった。子供だ。

「いつか戦うことになる」小さい声で言ってみる。やけに消極的で今までにない気恥ずかしさを感じた。やっぱり自分はまだ子供っぽいな。

……当たり前か、甘い考えの持ち主であるからだろう。

「じゃあその時、今度こそ共闘してやるさ」

……ありがとう。

「なら、また俺はお前を助けよう」

今回は助けられたが。

「ああ、頼む」エルは微笑む。可憐な華のようだった。

俺らは陽を背に初めての勝利を手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒸気の死神と刀剣の探偵と 棚引 餅 @crisis1crisis2cider

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ