第38話 最終話
……凄かった。
何がって、何もかも。
尚武君て、地頭もよくて勉強もできるけど、何よりも努力も惜しまない人なのよね。武術もそう。類稀なセンスもあるんだけど、反復練習とか地道な基礎トレとかも黙々とこなすっていうか、何事も極める為の努力は惜しまないというか。
何が言いたいかって、あの後尚武君と私はあらゆる初めてを怒涛のような勢いで体験したんだけど、尚武君の探究心と洞察力がいかんなく発揮されました……ってこと。
グデングデンに蕩けさせられた私は、全く恐怖を感じることなく、多少……かなりの痛みはあったけど、無事尚武君を受け入れることができたというか、半分無理矢理尚武君を襲ってしまったというか……。その辺りは二人だけの秘密だ。
そして、当日(翌日? )ご機嫌で帰宅したうちの母親に、尚武君はまさかの土下座からの、
「娘さんと結婚させてください! 」
うちの母親キョトンとしてたけど、凄くお気楽に「いいよー」と快諾していた。
そして尚武君のご両親からも「高校を卒業してから」を条件に了解をもらい、卒業式当日に入籍。結婚式は大学の夏期休暇にあげることになった。
大学は二人して某有名大学に入学。尚武君は入学金免除の特待生って凄くない?
そして今、ウエディングドレスを着た私のおなかは少しふっくらしている。
大学は一年休学することになっちゃうけど、尚武君と私の幸せの結晶がおなかの中にいる。あの強面の尚武君が、私のおなかをデレデレの顔をして撫でるんだよ。きっと、絶対良いパパになるね。
あの夢はパタリと見なくなった。尚武君と初めて結ばれた夜からだ。夢の男が戻って来て私は幸せになれたのか、それともあのまま不幸に落ちたのか、私は知らない。
★★★
真っ暗な、全く光のない世界。
でもここには飢えも痛みもない。それだけで幸せだと思う。
まるでユラユラ揺れるあの男の膝の上のように。
あの……男?
あの男、あの男、あの男。あぁ、何で忘れていたんだろう。
待っていられなくてごめんなさい。
一緒になれなくてごめんなさい。
私もあなたに抱かれたかった。あなただけに抱かれたかった。
次の世ではあなただけを好きになるから。あなただけしかいらないから。
必ず私から会いにいくから、どうか忘れないで。
★★★
戦は一獲千金を狙う兵達がゴロゴロいる。相手の大将を討ち取れば、平民なら一生遊んでくらせるだけの金が手に入るから。
もちろん俺だって狙える位置にいれば狙うつもりだ。でも、博打みたいに大将狙いで返り討ちに合うより、着実に稼げる金を稼いでいった。
戦で死ぬ訳にいかない。
でも、なるだけ早く金を稼いで大切なあの娘を俺のものに。ほとんど笑わないあの娘を笑顔にしたい。痛みしか知らないその身体を蕩けさせたい。溺愛して甘得させて、幸せだけを感じさせたい。
どれくらいの年月がたったのか。
やっと目標達成した。やっと、やっとだ。
愛しいあの娘の元へ、この山を越えたら会えるんだ。
山道を踏みしめ、一歩一歩山を登る。野営の場所を探していたら、騒がしい音がした。男共の罵声に叫び声。野盗の集団が獲物を襲っているのだろう。
俺の懐にはあの娘の貯めに貯めた身請け金がある。この大金を奪われる訳にはいかない。様子を見つつ迂回しようとした時、一際大きな悲鳴がした。殺られたんだとわかった。その後に聞こえた甲高い子供の声に、俺の足は止まった。
考える前に足が動いていた。
走る、走る、走る。野盗の一人が小さな子供に血のついた刀を振りかぶっているのが目に入った。とっさに子供に覆いかぶさり、背中に焼けるような痛みを感じた。腕の中の子供はガタガタ震えているが無事だ。
俺は子供を腕に抱え、腰の刀を抜いた。野盗は全員で七人、しかもそれなりに手練れだった。子供を庇い、傷を負いながらながらも全員を始末する。
「……おじちゃん」
「痛いとこないか」
子供を下ろすと、子供は一人の男の元に走った。父親だろう、もう息はない。縋って泣いている。子供が泣き止むまで待ちたいところだが、野盗に仲間がいないとも限らない。子供に形見の品として父親の腕輪を持たせ、なんとかその場を離れた。
「母親は? 」
子供は首を横に振る。
「親戚は? 面倒みてくれる大人は?」
また首を横に振る。
「売られに行くとこだったから」
「……そうか」
俺は子供の手を引いて歩いた。夜通し歩いた。止まったら動けなくなるということがわかっていたから。
背中の傷はなんてことなかったが、脇腹を刺された傷が致命傷だった。止血も意味をなさない出血に、身体がドンドン冷えていく。
あと少し……。
懐かしい街並みが眼下に広がったが、俺の視界は急速に狭まっていく。
とうとう木にもたれて座り込んでしまった。
「……これ、おまえにやる」
懐から金の入った袋を取り出して子供に渡した。
「誰にも見せるな。必要な時に使え。この道をずっと行った先に大きな屋敷がある。そこに行ってこれを見せろ。娘だと言えばなんとかしてくれるだろう」
大きな屋敷は、俺が以前用心棒をしていた屋敷だ。当主は女好きなどうしようもない男だが、一応俺の乳兄弟だ。俺の娘だと言えば、小間使いには雇ってくれるだろう。
子供の小さな荷物に金の入った袋を押し込み、衣服で隠す。子供の手に俺の小刀を握らせた。
「おじちゃんは? 」
「俺は……少し寝る。疲れた」
「なら私も」
「駄目だ、おまえは行け。獣も出る」
「おじちゃんは? 」
「俺は強い。大丈夫だ。行け」
子供は大きくうなづくと、何度も振り返りながら街への道を下りて行った。子供が見えなくなった頃、俺の身体はズルズルと地面に崩れ落ちた。もう指先一ミリも動かすこともできない。
最後に見たのは雲一つない青空。
ごめんな、約束守れなかった。
おまえを守ってやりたかったのに。
会いたい、会いたいなぁ……。
光のない真っ暗な世界に落ちていった。いつかその先であの娘に会えると信じて。
夢の中(前世)では超絶不幸ですけど、現実(現世)では幸せになりますから 由友ひろ @hta228
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