第4話 君に届け

 20代後半の女性がコーヒー片手に怖い顔でパソコンを眺めて……タイピングをしては、イライラするように今打った文章を消し、頭を抱え込んではタイピングをする……それを繰り返す。


 一人の少年はいつも不安そうにそんな女性を眺めていた。

 意を決して、何か言葉をかけようとするが……いつもその言葉は、

 何かにかき消されるように遮られた。


 少年にその女性の現状を救う言葉を持っているのかはわからない。

 それでも……少年は伝えたかった……

 あの日……あの時……あの想い……

 言葉……文章に魅せられた……あの日の僕と君の……


 少年は手を伸ばす。

 ……君に届け……





 「先生……少し休憩したらいかがですか?」

 女性に話しかける、別の女性。

 コーヒーのおかわりを注ぎながら、優しく笑いながら言う。


 「……集中力が途切れる、今話しかけないで」

 小説家……ようやく手に入れた私の居場所。

 最初のヒット作から数年……先生と呼ばれるほどの地位は手に入れたが、

 少しずつ……成績は落ちているのが現状。

 焦りがあった……自分はこれで生涯の仕事とするというプライド……


 「はいはい、でも……そんな状態で無理に執筆してもいい作品は産まれませんよ」

 そう別の女性が言う。


 「……一人前みたいな台詞はいてないで……あなたも自分の作品に集中したら」

 女性はコーヒーのおかわりはありがたく頂戴し、そう返す。


 コンコンと部屋のドアが叩かれる。

 

 「……どなた?」

 そう女性が返す。


 「お届けものでーーす」

 可愛らしい女性が、アニメなどで出てきそうな郵便屋のような服装に身を包み立っている。


 「私に……?」

 そう女性が身に覚えがないよう答える。


 「どうぞ」

 一冊の本が手渡される。

 

 「どうも」

 そう答えると女の子は回れ右をして、トコトコと部屋を出て行った。


 「……君に届け?誰の作品ですかそれ?」

 タイトルを読み上げ、先生と呼ばれた女性にそう尋ねる……


 「さぁ……」

 もちろん、自分も知らない……

 でも……何故か胸がざわめく感じ……


 そんな様子を少年は寂しそうに笑い……


 「……お願い……届いて」

 女性が本を開き……少年がそう呟いた。




 手にしたコーヒーを飲む。


 「あれ……?」


 何処かの喫茶店……気がつくと私はそこに居た。

 見覚えがある……

 何やら身体にも違和感がある……


 上手く言い表せないけど、何処か作り物のような感じの世界……

 不自然に少し明るい世界がそう感じさせた。


 そんな不自然な光に曖昧に作られた世界で……

 目の前の少女だけがはっきりと目に映った。

 自分より10歳くらい若い女性……


 カランと来客を伝える鈴の音と同時にドアが開かれる。

 ちょっとひ弱そうな男性が入ってくる。

 それに気づいた少女は嬉しそうに右手をブンブンと振って自分の存在を示した。


 「病院抜け出して大丈夫なの?」

 少女が少年に告げる。


 「……うん、少しだけ調子がいいんだ」

 少年がそう返す。

 どんな病気なのかは正直わからない。

 知ったところで……きっとどうすることもできない。

 知ったところで……少年との付き合い方を変える気はない。


 映画や漫画が好きだった。

 頭の中ではよく、自分で考えた物語を妄想していた。

 そして、友人の一人から、小説の投稿サイトがあることを教えてもらった。

 興味本位でそこに自分の作品を投稿した。

 結果は散々なものだったが……


 ある日、一件のコメントが付いた。

 嬉しかった。

 そのたった一件のコメントのために私は続きを書き続け……

 素直に楽しかった。


 そして、そのコメントのくれた人物は偶然にも同じ町に住み、目の前にいる少年だ。

 色々な偶然が積み重なり、こうして同じ趣味、夢について語り合う関係になった。


 好きな、漫画や小説な話をした。

 将来の夢について話をした。


 「……わたしでも、プロになれるのかな?」

 そんな少女の言葉に。


 「諦めなければなれるよ……君の言葉は魅力的だから、僕もその言葉に元気付けられたんだ……」

 そう少年が返す。


 「でも……自分の好きなことだけを書いていても誰にも見てもらえないよね……」

 現実とは厳しい……読み手と書き手の需要は余りにも違う。

 少なくとも私は……そう感じている。実感している。


 「そうだね……プロになるならその辺もきちんと考えないとならないかもしれない……でも、自分の書きたいもの自分らしさを捨ててしまったら……多分、執筆する楽しさ……自分の描く世界、君の精神も全て崩れてしまう……どちらを何処まで削るか……それが凄く難しいとは思うけど、きっと大切なんだと思う」

 そう少年は返した。

 そして少女は凄く感心した。

 


 病院通いの少年……

 そんな彼が自由になる時間……

 そんな時間を私は奪い取るようにその手を取り、あっちこっち連れまわした。



 

 新しい小説を投稿するたび……

 少年だけはいつも喜んでくれた。


 ただ……楽しかった。

 物語を描くことが……

 物語を伝える事が……

 楽しかった。



 その日も少年をつれまわした。

 小さな山奥にある草むら……


 小麦色の名も知らぬ植物が身の丈以上伸びていて……

 まるで一つの畑のように一面に埋め尽くされていた。


 目線まで延びたその植物……

 少年の姿を隠すほどに伸びていて……


 きっと、小説や漫画で表現されれば、素敵な場所で表現されるだろうその場所は……整地のされていない場所は現実ただ、歩きにくく、虫も多く余り居心地の良い場所とは言えなかった。



 「……私、プロになるんだ」

 そう私は切り出した。


 少年はどんな表情をしているのだろう……


 「……前に言ったコンテスト、まさか受賞しちゃってさぁ……書籍化が決まったんだ」

 表情が見えない。


 「……内定していた仕事、断ってそっちに集中しようかなって」

 ……表情が見えない。


 この町を捨てて……少年との時間を捨てて……私は自分の夢のため……新しい町で生きて行く。

 あなたは、今笑っていますか?

 あなたは、今泣いていますか?


 そして年月は流れて……


 あなたは、今何していますか?

 あなたは、今も物語を書き続けていますか?


 

 景色は移り変わり……何処かの病室。

 少年は病室のベッドで上半身だけを起こし、

 ベッドに取り付けられた折りたたみ式のテーブルにPCを置き、

 一つの写真立て……その前には数冊の本が積み重ねられている。


 写真立ての写真は、一人の少女がにっこり笑顔で笑っている。

 その前には、その少女が現在まで書き書籍化された数冊の本が積み重ねられ、

 何度も読み返された跡がある。

 そして、ノート一冊埋め尽くすような、感想とコメントの量。


 そして、彼は今もまだ……自分の物語を二人の思い出の投稿サイトに書いている所だった。

 それはどんな物語なのか……


 そんな作られた世界を見ていた……少女の10年後の女性は……

 彼の書く物語がどんな内容かを知りたかった……


 だが……その言葉は彼に届かない。

 いつからだろう……互いに互いの言葉が届かなかったのは……


 病室の開かれた窓……少し強い風が吹いて……

 その風に吹かれ、この世界に干渉していないはずの私は一瞬目を霞めた。


 そして再び、彼の方を見て、慌てて手を伸ばす。


 苦しそうに心臓を押さえている……

 すぐ近くにあるナースコールのボタン……

 早く……押して……

 早く……


 10年後の私はそう少年に届かない言葉をかける。


 だが……苦しみ心臓を押さえるその手が懸命に伸びる先は……

 ナースコールのボタンではなくて……



 「………君に届け」

 少年は写真立ての女性を眺め、PCのエンターキーを押すと……

 優しく笑ったまま動かなくなった。



 芸術……絵画……私は詳しくないが……

 その絵を見ただけで、その絵の作者がその絵に込めた物語、想いが一気に脳裏に入り込んでくる……

 小説もまた……多くを語らずともその作品に込めた想いが脳裏を巡る。


 「先生……そんな感動的な作品でしたか?」


 何時の間にか自室でその本を読んでいた私は、信じられないほど号泣しその本を読んでいた。



 20××年11月15日 休学続きの僕は久々に学校へ登校した。初めて君に話しかけられた。 ほんの些細な会話……でも君がかけてくれた言葉が本当に嬉しかった……ありがとう。 君に届け。



 20××年11月18日 君が小説に興味が有り、小説サイトに興味を持ち作品を投稿しようとしている会話を僕は聞いていたんだ……本当は君の作品を知ったのは偶然じゃない……ごめんなさい。 君に届け。



 20××年11月29日 君が登校した小説に……コメントした。こうした経緯があったのは事実だけど……信じて欲しい……君の作品に君の言葉に感動した。本当だ。 君に届け。



 20××年12月5日 僕が登校した作品に出したあの店の喫茶店をイメージして書いた作品に君が反応し、僕と君は知り合った。そんな偽りの偶然を白状できなかった僕を許してください……。 君に届け。



 20××年12月12日 君の新しい小説が投稿された。面白かった……君はプレビューが伸びない事を悩んでいたけど、僕は君が本当に好きなものを書いているんだと伝わるこの作品が大好きです。 君に届け。



 20××年12月25日 君は小説のネタのための恋人の真似事と……二人だけのクリスマスパーティー……偽りの日常……それでも今でもあの日の心臓の高鳴りを覚えている……。 君に届け。



 20××年1月10日 僕の様態が余り良くなくなった……君が始めてお見舞いに来てくれた……今でも覚えている。嬉しかった……でも、君には病気である僕とは無縁で居て欲しかった……。 君に届け。



 20××年3月20日 卒業式に出席できなかった……夕方、少し様態の回復した僕は君に山奥に連れられ、金色の草むらで……君の夢が叶った事を告げられた。本当に……本当に嬉しかった……本当だ。 君に届け。



 20××年8月25日 君の本が書籍化された……僕は近場の本屋が開くと同時に購入した……書籍化購入一号になれただろうか? 君に届け。



 20××年3月7日 君の3作目の書籍化の本……面白い……本当だ。でも……君らしさが無くなった……ねぇ、君は今も楽しく物語を描いていますか? 君に届け。



 20××年6月1日 作品を読めば読むほど……その作品から君が楽しそうに作品を書いている姿がイメージできない……僕も書こう……誰でも無い……一人の人間のために……僕の作品を……



 20××年7月3日 僕の余命が告げられた……それはショックだったけど……それまでに僕の作品を完成させないと……どうか……君に届け。



 20××年8月5日 久々に外出を許された僕はあの山奥の金色の草むらに来た。当時は視界を塞いでいた金色の植物は目線より下にあった。

 こんな年でも少しは身長が伸びたみたいだ……君に届け。



 20××年8月16日 僕の声は届かない……きっと自分の夢を掴むのに必死な君は……この町を……僕との思い出を振り返る暇も無いのだろう……僕といえば……振り返る過去も……伝えたい想いも……いつもこの写真の先だ…… 君に届け。



 20××年10月10日 20××年10月10日の僕から20××年11月29日の君へ……貴方のかけてくれた言葉を覚えています……貴方の書いた最初の作品を覚えています……僕なんかが書いたコメントに喜ぶあなたの顔を覚えています……その笑顔……思い出してください……きっと貴方の物語が見つかります。 君に届け。



 20××年12月6日 告げられた余命は後……わずか。君に会いたい……君の声を聞きたい……そう思い、あなたの作品を読み返す。満たされる……でも……今のあなたの声が聞こえない……今のあなたの姿が見えない……あなたの物語を聞かせてください…… 君に届け。



 20××年2月5日 君は多くの人にその言葉を届けている……僕の声はそんな君にすら届かない……おこがましいのは承知の上……貴方の作品が好きです……貴方の言葉が好きです……あなたの好きを……あなたらしさをどうか……当時の僕を元気つけてくれたように届けてください。 君に届け。



 20××年3月20日 これが……僕の最後の言葉です……貴方と出会って……貴方は夢のため……この町を離れ……それでもあの日から今日まで、僕の物語にはずっと……貴方の姿がありました。 最後だから……白状します…… ずっと貴方の事が……あなたの言葉が…… 大好きでした…… きみにとど……



 なぞの郵便屋が届けた本を読み終えると私は泣き続けた……


 たった一つのコメントのために描き続けた物語……

 それでも楽しかった日々……


 「ありがとう……」

 そう女性が呟くと……



 ずっと……彼女を見守っていた少年は嬉しそうに微笑むと……その姿は何時の間にか消えていた。



 その言葉……確かにお届けしました。


 

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