ドラえもん! タコピーとのび太としずかちゃんとジャイ子

※ネタバレの含まれる記事です




 話題になっていた漫画、『タコピーの原罪』が完結した。この作品は最初に出てくるヒロインの名前がしずかちゃんで、タコピーと呼ばれる宇宙人が便利な道具で彼女をハッピーにしようとする。明らかに『ドラえもん』をイメージした構図である。また、二人のヒロインと深く付き合う可能性のある東君は眼鏡キャラで、とてもひどいというわけではないもののテストの点数がキーとなる点はやはりのび太をイメージさせる。

 この作品はいろいろな点で今後語られると思うが、私は「ドラえもんをもとにした構図で、ヒロイン二人が救われるか」という構図が印象に残った。というのも、以前「ドラえもん! のび太と天空の花嫁――未来人の介入と歴史改変について――」https://kakuyomu.jp/works/16816452220440358393/episodes/16816452220440625478 でも書いたのだが、ドラえもんの世界ではジャイ子が不憫に感じたのである。



 しかし、ジャイ子にとってはどうだろうか? どこかでのび太に惹かれ、彼と結婚することになり、幸せを感じた時間もあっただろう。借金ができ、生活は苦しくなったとのことである。のび太の心の中には、常に静香ちゃんの影があったのかもしれない。しかしそれでも、ジャイ子にとっての幸せを考えたとき、「未来からの介入」は少し寂しい気がするのである。(上記記事より)



 実はこれは、静香ちゃんにも当てはまる。のび太とその子孫からすれば、静香ちゃんと結婚したことにより未来は好転したかもしれない。しかし、静香ちゃんにとってはどうだっただろうか。ドラえもんが来たことにより「のび太と結婚させられてしまった」とすれば、それはあまりにも残酷ではないか。

 ジャイ子としずかちゃんのことを思うと、『ドラえもん』のどんなストーリーも残酷に見えてしまった。そんな私にとって、『タコピーの原罪』はある種、長い間待ち続けていた物語だったのである。



 『タコピーの原罪』については今後多くの人が考察するであろうから、ここではあえて、『タコピーの原罪』から見えてくる『ドラえもん』の問題点について考察してみたい。テーマはやはり、「ジャイ子としずかちゃんの幸せ」である。



1.ドラえもんの目的


 以前の考察でも触れたが、その目的についてドラえもんには不審な点がある。表向きのび太の結婚相手を変えるため、未来から送り込まれてきたことになっている。しかし、そのための具体的な手段をとるというよりは、のび太の日常に寄り添っている友人のような役割である。のび太はドラえもんがいなくとも静香ちゃんとは仲が良く、二人の結婚を阻害する要素があまり見えないため、そもそもドラえもんによってそれが排除されているのかはわからない。

 しかし、ドラえもんの介入によって明確に変えられた「過去」がある。それはのび太のパパとママの結婚である。ドラえもんは二人がデートですれ違って会えない場面に介入し、無事会わせることになった。これがなければ、二人は結婚せず、のび太も生まれていなかったかもしれない。また、さらに過去において、子供の頃のパパに女装したのび太を見せている。その姿はのび太のママに似ており、「のび太のママのような女性を好きになるきっかけ」を与えたと言える。

 ここから私の仮説は、ドラえもんの真の目的は、のび太と静香ちゃんではなく、のび太のパパとママを結婚させることではないか、というものだった。荒唐無稽なようだが、実はそんなに変ではない。ドラえもんを送り込んだセワシは、最初から自分たちの不幸がなくなることが目的だと明かしている。のび太の作った借金が子孫まで残っているのでそれを消したいとのことだったが、それが本当の目的かは不明である。映画版での様々な冒険からも、のび太が単なる子供ではなく、世界の未来にもかかわるような存在であることは明らかである。とすれば、「野比家の血」をコントロールするために未来からドラえもんが送り込まれたとしてもそれほど不思議ではない。

 少なくとも「ジャイ子から静香ちゃん」へと結婚相手を変えることに躊躇がないように、未来人は過去人の人生を手段として考えているのが分かる。一人一人の幸せを配慮している様子はなく、結果として自分たちの幸せにつながればいいと思っているのである。また、映画版ドラえもんでは過去を変えることによってピンチを乗り越える描写がある。



 そして、現代人もまた、過去世代にとっては未来人である。私たちにはタイムラベルはできないが、『ドラえもん』の世界にはタイムマシンがある。『映画 ドラえもん のび太と鉄人兵団』では、敵のロボットの侵略から地球を守るため、ロボットの過去を改変した。現代人から見ればそれは地球を守るための手段だったが、多くのロボットの存在が消えてしまった。「過去の歴史を変える」というのは、たとえ被害者がいたとしても、ある状態においては「必然の選択肢」に思えるかもしれないのである。(同上)



 この作品ではロボットだったが、これが人間でも相手が悪であれば取られていた方法であるかもしれない。ドラえもんたちが対峙しているのは悪のロボットだが、そこに至るまでは様々なロボットが生まれていたはずで、そのロボットたちとそれにかかわった者の幸せも「消えてしまった」のである。

 「ドラえもん」世界においては、未来の幸せのために過去が犠牲になるのはしばしばある描写なのである。そうであれば、「未来の大いなる幸せのために」ジャイ子や静香ちゃんの幸せが犠牲になったとしても、仕方がないということになるのかもしれない。

 タコピーも時間を過去に巻き戻すことによって、幸せな未来に変えようと努力した。しかしそれがなかなか上手くいかないことや、それが誰かの命を奪ってしまうようなやり方であることも表現されていた。「誰かを幸せにしようとすると、誰かが不幸になる」という逃れられない事態と向き合っている作品だと私は感じたのである。



2.のび太とジャイ子



 『ドラえもん』について最も不可解なのは、のび太とジャイ子の関係かもしれない。ドラえもんが来なければのび太はジャイ子と結婚していたわけだが、作中ではどうもそのような未来は見えてこないのである。もちろん二人ともまだ子供で、この後何が起こるかはわからない。しかしのび太はドラえもんが来なくとも静香ちゃんと仲がいいので、「なんか大変なこと」が実はあったのではないかと疑いたくなる。

 ジャイ子ものび太と結婚しようと思った理由があるわけで、彼と幸せになろうと決断した時があったはずである。そして、借金ができてしまい「不幸に」見えるという二人の結婚生活も、本人たちにとってどうであったのかはわからない。多くの子供がいる描写もいり、二人にとっては幸せを感じる家庭であったかもしれない。

 とにかく、『ドラえもん』では描かれていないドラえもんのいない未来において、のび太とジャイ子は惹かれ合うはずなのである。それは仲の良かった静香ちゃんではなく「ジャイ子を選ぶ」何らかの理由がある未来なのである。

 ドラえもんが来たことによってのび太と静香ちゃんの関係は深まることになったかもしれない。しかし、いずれ訪れるのび太とジャイ子の関係を断ち切ることにはなっていないのだ。だから、本来の未来で二人を結び付けたトリガーが、作中でもまだ残っているのかもしれないのである。

 では、二人を結び付け得るものは何か? ジャイ子と言えばやはり漫画である。彼女は漫画家になることを夢見ている。そして作中には、よく似た夢を持っていた人物がいる。のび太のパパである。パパもかつて、画家になる夢があった。

 とすると、のび太のママからのび太に、「夢をかなえようとする人に惹かれる」気持ちが遺伝していたとしたら、のび太がいずれジャイ子の夢を応援し、二人が惹かれ合っていくということがあっても変ではないのではないか。実際のび太は、ジャイ子の漫画に対して好意的な評価をする。

 ドラえもんが来たことにより、ジャイ子の兄であるジャイアンとのび太はしばしば大冒険に出ることになった。「映画版ジャイアン」と呼ばれるように、ただの粗暴なガキ大将ではなく、実は勇敢で優しいという面も見せ、のび太を救ってくれる存在になっていく。そう考えると、ドラえもんが来たことによりのび太とジャイ子が結び付く可能性も大きくなったとは言えないか。兄から冒険におけるのび太の「実はいいところ」を聞く機会もあったかもしれない。

 のび太と静香ちゃんが結婚することは決まっており、作品にもなっている。だがその裏で、ジャイ子の失恋があったのではないか。彼女には茂手もて夫という「救済者」が現れるが、果たしてこれは「変化の先」にあったものだろうか。というのも、『タコピーの原罪』でも描かれるように、「本当に好きな人が目の前に現れてしまった場合、今好きな人がいてもどうしようもない」ことがあるのだ。ジャイ子がのび太に惹かれる理由があったならば、たとえ彼女にボーイフレンドがいても、のび太が静香ちゃんとうまくいっていても、「それはそれ」になるかもしれないのである。のび太と結婚する本来の未来においても、色々あった末にのび太と結婚するのかもしれない。であるとすれば、二人が結婚できない作中世界においても、「いろいろある」かもしれないのである。

 

 

3.静香ちゃんの幸せ



 静香ちゃんは不思議なキャラである。のび太たちと共にいることが多く、女友達との関係はあまり描かれていない。ヒロイン的存在なのだが、誰もが憧れる、という風には描かれていない。少なくともジャイアンやスネ夫は恋のライバルではないようである。

 ドラえもんのいる世界では静香ちゃんは常にのび太に好意的で、このままのび太と結婚しても不思議がないように描かれている。とするとやはり、のび太がジャイ子と結婚する未来はどのように訪れたのかが気になる。

 一つは、静香ちゃんが別の人と付き合い始めるという理由で、のび太が失恋するパターンだろう。すでに出木杉という強力なライバルが描かれている。ただ、出木杉もまたのび太のよき理解者である。もちろん静香ちゃんが好きになれば仕方ないが、そうだとするとドラえもんは出木杉に何らかのアプローチを仕掛けるべきではないか。もちろん本来「未来は変えてはいけない」ので、恋のライバルをつぶすのはアウトなのかもしれない。どこまでセーフなのかはさっぱりわからないが……

 もし元々静香ちゃんがのび太に好意がある場合、ジャイ子と結婚する本来の未来では失恋することになる。実はその場合、「過去を変えたい」と最初に思うのは静香ちゃんなのである。『タコピーの原罪』でも、もう一人のヒロインまりなちゃんが強く「過去を変えたい」と思ったのは彼氏をとられた時だった。

 そう考えると、現代世代において最も『ドラえもん的存在』を欲していたのは、静香ちゃんなのではないか、という疑惑が出てくる。もちろん後に借金を背負うことになるのび太も、過去は変えたいと思うかもしれない。しかし果たして彼はそれを、ジャイ子と結婚したからと思うだろうか。もし大人になったのび太の前にドラえもんが現れれば、「ジャイ子と結婚した後の」過去の改変で幸せになれるよう、のび太は願うのではないか。

 ここで新たな可能性が浮かび上がってくる。ドラえもんの本当の目的は「静香ちゃんが(他の誰かではなく)のび太と結婚する」ように過去を改変しに来たのではないか、というものである。これは『タコピーの原罪』を読むことによって気づかされた可能性である。

 実は『ドラえもん』第一話においては、作中に静香ちゃんもジャイ子も登場している。いくらかの読者はこの時点で、「今後三角関係が描かれていくかもしれない」と思うのではないか。しかし、ジャイ子は作中あまり登場しなくなる。私はこれを、「本来の未来では、まだ二人は惹かれ合っていないため」と考えた。しかし、私たちが見ているのは「ドラえもんが来た場合の世界」である。もしドラえもんの目的が「静香ちゃん側からの依頼」だった場合、ジャイ子はできるだけのび太から遠ざけておかねばならない。つまり、ジャイ子の影が薄いのは、ドラえもんがそのように操作しているからではないだろうか?

 しかし、静香ちゃんはドラえもんの時代には存在しない。ドラえもんに依頼するなどということがどのように可能なのだろうか。

 私も色々と考えてみたが、前述の説と合わせることで一応の仮説はできた。ドラえもんの本来の目的はのび太のパパとママを結婚させることであり、そのためにのび太の時代に来て調査・監視をし、時代的ベースキャンプを作る必要があった。また、のび太の不幸をなくすことも目的の内に含まれていたかもしれない。野比家の血をどうにかしても、のび太の代が不幸になってしまっては後々困るのである。そこでドラえもんは当初、「のび太とジャイ子が幸せになれるように」のび太を手助けしていた。しかしそんな中で、元々のび太と仲の良かった静香ちゃんの存在を無視できなくなる。彼女の気持ちを察し、共に冒険をしていく中で、「むしろ静香ちゃんと結婚することで幸せな未来に変えられるのでは?」とドラえもんが気付くのである。

 しかしロボットであるドラえもんは独断でそのような目的の改変はできない。そのため静香ちゃんにこの話を打ち明け、彼女からの依頼も取り付けることで「未来改変のやり直し」をしようとしたのではないか。

 静香ちゃんの幸せをドラえもんが考えるのはおかしいと思うだろうが、実はそうではない。改変された未来では、セワシは静香ちゃんの子孫でもあるのだ。改変される前に願われるのは理屈が合わないようだが、『ドラえもん』の世界ではそのようなタイムパラドックスを含む展開はしばしば採用されている。

 作中静香ちゃんはドラえもんのことを「ドラちゃん」と呼ぶ。この呼び方自体は特別でもないのだが、子供たちの中では一番フレンドリーに呼びかけているように映る。『タコピーの原罪』でヒロインたちの名づけが特別な意味を持ったように、ドラえもんの呼び方にも意味があるのかもしれない。静香ちゃんにとってドラえもんは、「ハッピーをもたらせてくれる来訪者」だとすれば……



4.学校ののび太



 実は『タコピーの原罪』を読んで『ドラえもん』について考えようと思ったきっかけは、タコピーが学校に行くシーンを見た時だった。主人公のもとにやってくる「来訪者」的なキャラは、学校に行くパターンもあれば行かないパターンもある。たとえば「うる星やつら」のラムちゃんは、途中から主人公と同じ学校に行くことになる。学校に行くことにより主人公の友人たちとの関係も深くなり、より主人公のことを知ることもできただろう。

 タコピーもしずかちゃんのことを考えて、彼女の「日常」である学校に行くことになる。タコピー自身は隠れているが、学校でのしずかちゃんは目的通り知ることができた。

 それに対して、ドラえもんは学校に行かない。もちろん彼はロボットであり、学校で学ぶ必要もないだろう。しかし彼は、のび太の友人でもある。時にその視線は大人として見守るようなものになるが、基本的にはのび太とあまり変わらない立ち位置で、共に楽しみ歩んでいく仲である。またドラえもんの当初の目的から言って、のび太と静香ちゃんが学校でどのような様子なのかを知るのは重要ではないだろうか。もちろん秘密道具でのぞき見している可能性もあるが……

 ひょっとしたらドラえもんは、のび太の日常や人間関係にあまり関心がないのだろうか。のび太さえ成長すれば、未来が変えられると思っているのだろうか。それとも私の仮説のように、本来の目的は別のところにあるのだろうか。

 のび太の学校生活は、読者は神の視点から知ることができる。しかしドラえもんは、学校でののび太とかかわりがない。そのことを知らせてくれただけでも、『タコピーの原罪』を読んでよかったと思える。



終わりに



 もちろんここで書いたのは、「まあ、作者そこまで考えていないよな」という妄想である。であるのだが、やはりどうしても『ドラえもん』という名作において、ジャイ子と静香ちゃんには幸せになってほしいという思いから、色々と考えてしまう。

 『タコピーの原罪』は、「誰かが幸せになろうとしたとき、他の人が不幸になっているかもしれない」ことを描いている。

 前述の考察で私は、次のように述べた。



 タイムトラベルの可能な世界では、時空を超えた介入が可能となる。そのため、未来の世代の都合のいいように過去が改変される恐れがある。さらに、改変できることが分かると、ベターな結果では満足できずベストな結果のため、更なる改変に踏み切ることもあるだろう。決してそれが成功するとは言えないが、「やり直せばいい」となれば、試行へのハードルは低くなるはずだ。

 『ドラえもん』「ドラクエⅤ」ともに、不幸な結末は描かれない。しかしジャイ子や選ばれなかった花嫁のことを考えると、完全なハッピーエンドとも言えない気分になるのである。現代人はあたかも、未来人が幸せになるための道具であるかのようだ。(同上)



 『タコピーの原罪』が、完全なハッピーエンドだったかは私にはわからない。ただ、誰も人間が道具的に扱われない未来が模索されていたように感じる。今後生まれる物語は、このような繊細なところを重視していくのではないか、という予感がする。

 とりあえず、『ドラえもん』の世界では静香ちゃんとジャイ子が幸せになったのかはわからないままである。この妄想は一生終わらない。



参照資料



清水らくは「ドラえもん! のび太と天空の花嫁――未来人の介入と歴史改変について――」https://kakuyomu.jp/works/16816452220440358393/episodes/16816452220440625478

『タコピーの原罪』タイザン5 (2021-2)ジャンプ+ https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496638370192

『ドラえもん』(1969-96)藤子・F・不二雄 小学館(本稿ではてんとう虫コミックス版を参照)

『ドラえもん のび太と鉄人兵団』(1985-86)藤子不二雄 小学館

 映画「ドラえもん のび太と鉄人兵団(1986)芝山努監督 東宝

 映画「ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜」(2011)寺本幸代監督 東宝

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る