おじいちゃん、死んだ
独白世人
おじいちゃん、死んだ。
人生において、確かなものとか永遠なんてものは、ほぼ無い。
しかし、たった一つだけ確実なものがある。
それは、人間は誰しも必ず死ぬということだ。どれだけお金を持っていても、どんなに苦労した人でも死ぬ時は皆同じだ。最期は無になる。
六十年連れ添った人が、この世からいなくなってしまうのはどんな気持ちなのだろう?
突然、昨日まで元気だったおじいちゃんが隣からいなくなって、独りになったおばあちゃんの淋しさとは一体どんなものなのだろう?
私が生まれ育ったこの家におじいちゃんがいるのは当たり前のことだった。だから、おじいちゃんがいなくなった後、この家の体温のようなものまで下がってしまったように感じた。
おじいちゃんのことを「どんな人だった?」と聞かれたら、おそらく私は「無口でかっこいい人だった」と答えるだろう。
大工だったおじいちゃんは昔ながらの職人気質で、曲がったことが嫌いだった。融通がきかない頑固者。いつもしかめっ面をしていたおじいちゃんをおばあちゃんはどう思っていたのだろうか?
そんな疑問をいつかぶつけたいと思いながら月日は流れた。
そして、一周忌法要の日が来た。
大広間で行われた法要後の食事会も終わりに近づいた時、おばあちゃんは私の横に座ってこう言った。しわしわの手には涙で濡れた白いハンカチが握られていた。
「真奈美。イタコって知ってるかい?」
「イタコってあの死んだ霊を自分に降霊させる巫女のこと?」
おばあちゃんは、私の口からすぐに答えが返ってきたことに少し驚いた様子で、「そうそう」と大きく二度頷いた。
「おばあちゃんね、おじいちゃんに聞きたいことがあるのよ。だからイタコに会って、おじいちゃんの霊を呼んでもらえるように頼みたいのだけどねぇ」
先月、八十三歳になったばかりのおばあちゃんは、とてもゆっくりと話す。
「そんなこと本当にできるのかなぁ」
「こないだテレビでやっててね。どうやら本当にできるみたいなのよ。だから、イタコのいる恐山ってところに行ってみようと思って。真奈美、一緒に来てくれないかね?」
おばあちゃんは透き通った本気の目をしていた。
大人は相手をしてくれないと考えたから、おばあちゃんは私に頼んだのだと思う。
どうしたものかと私は悩んだ。
私はイタコの存在自体に疑問を抱いていた。そして何より、おばあちゃんを東京から恐山のある青森まで一人で連れて行ける自信が無かった。おばあちゃんはおじいちゃんが死んだ後から少しずつ物忘れが多くなって、最近ではおかしな言動をするようになっていた。父と母が「少し呆け始めたかもね」と話しているのを聞いた。やたらと独り言が多いのも気になった。こんな状態のおばあちゃんを連れて遠出をするなんて考えられなかった。
私は、「恐山におばあちゃんを連れていくことは出来ないけど、イタコを連れてきてあげる」と約束をした。
そう言うとおばあちゃんは大喜びをして、連れてきてくれるならお金は幾らでも出すと私に言った。
●●●
今、目の前にイタコがいる。
そして、おばあちゃんは私が見守る中、イタコに乗り移っているおじいちゃんに話しかけていた。最近のあやうい言動からは考えられないくらい、しっかりとした口調でおじいちゃんと色々な話をしていた。
昔話をしたり、近況を話したりと、とても楽しそうなおばあちゃんに、無口なおじいちゃんはほとんど話さず「うむうむ」とただ頷いていた。そのやりとりを見ていると生前のおじいちゃんが、本当にそこにいるようだった。
一時間ほどして、私が「そろそろ」と言うと、おばあちゃんは「じゃあ最後に一つだけ」と背筋を伸ばしておじいちゃんと向き合った。
そして、一呼吸おいておじいちゃんにこう聞いた。
「本当に色々あったけど、そっちの世界でもまた一緒になってくれるかい?」
おばあちゃんは目に涙をいっぱい浮かべていた。最後の方は嗚咽で、うまく声になっていなかった。
それを聞いたおじいちゃんは、大きく大きく二度頷いた。
おばあちゃんは、「ありがとうね、ありがとうね」と何度も言い、泣いた。
今回のことをおばあちゃんはとても喜んでくれた。
そして、お小遣いを沢山くれた。
◯◯◯
あれから一ヶ月が経った。
人類が抱えている様々な問題に比べたら、私の悩みなんてちっぽけなものだ。そう思おう。
しかし、本当にこれで良かったのだろうか?
やはり私はイタコなど全く信じられなかった。
色々な手を尽くして、昔、演劇をしていたという老婆を雇った。そして、おじいちゃんの癖やどんな人生だったのかを教え込んだ。結果、彼女は立派にその役を演じてくれた。本当にイタコを信じていたならば、おばあちゃんは完全に騙されたと思う。
人生とは、嘘と真実が入り混じって出来ているのだ。
昨日、おばあちゃんは急性心不全で死んだ。
今は通夜の準備が慌しく進められている。私は白装束を着せられて布団に横たわっているおばあちゃんの顔をのぞきこむ。心なしかその顔は幸せそうだった。
果たしておばあちゃんは、あっちの世界でもおじいちゃんに会えたのだろうか?
おじいちゃん、死んだ 独白世人 @dokuhaku_sejin
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