1.青年の辿り着いた場所。
――僕はずっと、その景色を求めていた。
澄んだ空気。
木々が生い茂る森の中で僕は一人、大の字になって寝転がっていた。
お気に入りの場所。見上げた木々の隙間から見える空には、満天の星空があって。三日月はこちらに微笑みかけているように思えるのだった。
いつからだろう。
僕はそんな場所を追い求めていたんだ。
◆
「ん、うぅ……?」
身体がやけに重い。
だけど、動かせないほどではなかった。
視界はまだ不明瞭。手で目をこすりながら半身を起こすと、そこにあったのは知らない一室だった。殺風景ながらも、整理整頓の行き届いた空間。
木造の建物なのだろうか。
板張りの床や天井を確認して、俺はふと記憶を手繰った。
「あ、れ……? 俺は――」
――冬の水に、身を投げたはず。
それなのに、今は温かなベッドの中にいた。
もしかしたら誰か、通りがかった人が助けてくれたのかもしれない。そうだとしたら、感謝しなければいけないのだろう。
危うく命を落とすところだった。
そんな俺を救ってくれたのだから……。
「あら、起きたのね」
「ん……?」
そう考えていると、不意にそんな声が聞こえた。
おそらくは、助けてくれた恩人だ。まだまだ幼い少女のような声だったが、それは些末事だろう。俺はゆっくりと、声のした方へと目をやった。
そして――。
「――え?」
そこに立つ女の子の姿に、声を失うのだった。
「どうしたの? そんな、信じられないものを見る目をして」
腰ほどまである滑らかな金の髪に、青の瞳。
背丈はさほど大きくなく。年もまだ十代前半だと、そう思われた。
身にまとうのは西洋の神官服――それにしては、やや軽い趣だが――だ。そんな彼女は俺を見ると、小首を傾げながらこちらに歩み寄ってくる。
「事情は分からないけど、行き倒れを助けないわけにはいかないからね。もっとも、アンタの場合はなにか訳あり、って気もするけど……」
そう語る少女。
しかし俺は何も言えず、ただため息をつく彼女を見つめていた。
そうしうていると、不意に少女はこう口を開く。
「そうね、まずは自己紹介しましょ。私は――」
だが、俺はそこで口を挟んだ。
ようやく絞り出した、かすれた声で。
「セシリア・アーデルエイム……」――と。
【ファンタジア・ワールド】の中に出てくる、ヒロインの名前を。
◆
「……なるほど、ね。アンタは私をその【げぇむ】ってので見たことがある、と」
「あぁ、なにを言ってるんだ、って感じだけど……」
「…………」
俺が説明をすると、セシリアはどこか考え込むようにしていた。
ベッドの隣に置いてあった小さな椅子に腰かけた神官少女は、その整った眉にしわを寄せている。それもそのはず、俺の発言は狂っているとしか思えなかった。
ゲームの登場人物が目の前にいて、喋っているなんて。
普通に考えたら、怪しい人物だ。しかし――。
「あいつなら、何かやりそうね……」
セシリアはそう言うと、深くため息をつくのだった。
どこか納得したようにして。俺はその反応に首を傾げてしまったが、どうやら彼女の中では合点がいったのだろう。
そして、こちらを見た少女は仕切り直すようにこう訊いてきた。
「ところでアンタ、名前は?」――と。
ひとまず、話を進めようといった感じに。
セシリアはまっすぐに、俺の瞳を見つめてきた。だから――。
「…………あ、れ?」
彼女に名前を告げようとした。
だが、その時である。
俺は背筋が凍えるような錯覚を抱いた。
「どうしたの?」
「あぁ、いや――」
訝しむセシリア。
そんな彼女に、俺はまた絞り出すような声で答えるのだった。
「分からない。自分の名前が、分からないんだ……」――と。
どこか懐かしい、この世界で。~不遇なまま命を落とした青年は、辿り着いた異世界で幸せを求める~ あざね @sennami0406
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