長いハサミ

@chased_dogs

長いハサミ

 あるところに一匹のカニがいました。

 カニは自分のハサミが何でも切れることを自慢に思っていました。


 カニには友達がいました。タコです。

「カニくん、カニくん」

 タコが訊ねます。

「どうしたんだい、タコくん?」

 カニも訪ねます。

「ぼく、どうしてもお腹が空いてしまって、しようがないんだ。だから、いつもみたいに、君のハサミでぼくの脚を切って、ぼくに食べさせておくれよ」

「分かったよ!」

 カニは元気よく応え、チョキチョキチョキ、とタコの脚を切ってやりました。

「よっこいしょ、よっこいしょ」

 カニはタコの脚を切るたび、それをタコの口元に運んでやりました。

「わあっ、ありがとう!」

 運ばれるたび、パクパクもぐもぐ、パクパクもぐもぐ、タコは喜んで自分の脚を食べました。一本、二本、三本四本五本六本、七本、八本!

 食べ終わる頃にはタコの脚はすっかりチビッちゃくなっていました。でもお腹いっぱいになったタコはとても元気そう。

「ありがとう、カニくん。カニくんのハサミで切った脚、とっても美味しかったよ。またね!」

 そう言って、タコは水中をくるりと宙返りして、またどこかへ泳いで行きました。


 あるとき、カニは冷たい潮に流されて、天を埋め尽くすほどワカメが茂る場所にたどり着きました。

「邪魔なワカメだなあ」

 カニは自慢のハサミでワカメを切ろうとし、そのときワカメが話しかけてきました。

「へぇっ、へぇっ! そぉんなちっぽけなハサミで俺を切ろうってぇのかい?」

「これがハサミかよぉ! 生まれたての子供より小さいや! へへへ!」

「へっ、無ゥ駄ァだねェ!」

「へハハハ!」

 ワカメは口々にカニをからかいました。

 カニは怒りに怒り、泡を吹き吹き遮二無二ハサミを振り回し、ワカメたちを切り刻もうとしました。でも駄目でした。ワカメがあまりに大きく太いものですから、カニのハサミは滑ってしまって通らなかったのです。


 そうこうしているうちに、また潮目が変わり、カニはふわりとどこかへ流されて行ってしまいました。後にはワカメたちの下卑た嘲り笑いだけが残りました。


 カニは暖かい海に流されました。

 ウツボがのっそりと口を開けていました。カニはハサミを閃かせましたが、それを見てウツボは笑いました。

「俺を切るなら、もっと長いハサミを持ってくるんだな」

 カニはいきり立ってウツボにハサミを入れようとしましたが、どこもかしこもつるりと刃が滑り、切れません。

「ウハハハハ!」

 次の瞬間、ウツボの口が猛烈な勢いでカニに迫り、しかしあまりにウツボが速かったものですから、カニは弾き飛ばされて泥に沈んでしまいました。

 カニは泥の中で身を固めると、しばらくそこで縮こまってしまいました。

 ウツボの言葉が頭に浮かびます。頭の中でワカメたちが万華鏡のように踊り出し、カニを苛みます。

「もっと長いハサミがあれば……」

 カニが口にすると、目の前に蒼白い顔をした不思議な生き物が、目を見開いて立っていました。

「君は――」

「――私は海の妖精。あなたの願いを叶えに来ました」

 カニが口にするや否や海の妖精は言いました。

「長いハサミが欲しいのですね。では手を出しなさい」

 カニは何故だか逆らう気持ちになれず、言われるままにハサミを差し出しました。

「願いは叶いました」

 妖精がカニに触れると、次の瞬間にはカニのハサミは見違えるほど太く、そして先が見えないほどに長くなっていました。

 カニがお礼を言おうと妖精の方を見ると、妖精は満足げに微笑み、次の瞬間には初めから何もなかったかのように消え去っていました。


 それからカニはウツボを探しました。カニのハサミは遠くからでもよく見えましたから、ウツボがカニを見つけました。

 ウツボが驚いて逃げようとすると、それよりも早く長いハサミがウツボを捕まえました。

「た、助けてくれ!」

 ウツボは叫びました。しかし、あまりにハサミが長かったものですから、ウツボの叫びをカニが聞くことはありませんでした。

 それから潮が来て、ウツボを流していきました。


 それからカニはワカメを探しました。ワカメが繁るところは遠くからでもよく見えました。

 カニが長いハサミをワカメの方へ下ろしますと、ワカメたちは恐ろしさに震えました。しかし、あまりにハサミが長かったものですから、恐れ慄くワカメたちの様子をカニが見ることはありませんでした。

 それから潮が来て、ワカメたちを流していきました。


 カニはすっかり自信を取り戻しました。長いハサミがあれば、どんなに大きなものでも切れました。

 カニがハサミを振り振り歩いていると、タコがやって来ました。

「やあカニくん。どうしたんだい、そのハサミ!」

 タコがカニに訊ねました。カニは海の妖精が現れて、ハサミを長くしてくれたことを教えました。

「へぇ、すごいね。ところでぼく、またお腹が空いてしまったんだけど――」

 タコは脚を代わる代わるモジモジさせて言いました。

「分かったよ!」

 カニは元気よく応え、ハサミを振りかざしました。しかしどうしたことでしょう、ハサミがフラフラしてしまって、なかなか狙いが定まりません。小さなタコの脚を切るにはハサミが大きくなり過ぎていたのです。

「ううう……」

 カニは呻きながら狙いをつけようとします。

「大丈夫かい?」

 タコは心配そうにカニを見つめます。そうやってしばらく格闘していましたが、とうとうカニがタコの脚を切ることはありませんでした。


 カニは悲しくなりました。タコも釣られて悲しくなりました。その横に悲しそうな顔をした海の妖精がいました。

「どうか悲しまないでください。あなたの願いは叶ったのですから」

 海の妖精が言いました。

「悲しまずにいられないよ! もう友達の脚を切ってやることもできないんだから!」

 カニが言いました。カニの言葉にタコは小さな体を更に縮こませました。

「こんなことなら、長いハサミなんか持つべきじゃなかった!」

「それがあなたの願いですか?」

 海の妖精がろりめきながら言いました。カニは頷き、ハサミを傾げました。

 海の妖精が手を触れると、パッと長いハサミは消え失せ、元の短いハサミに変わりました。

 カニはハサミを振り回し、タコは脚をピンと伸ばして、喜び踊りました。カニが泡を吹き、その泡が爆ぜると、海の妖精は消えてなくなりました。

 それからカニはタコに脚を食べさせてやり、この二匹の友情はずっと続きました。


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