The "Mourning" Sun Rises.

紫鳥コウ

 陽は斜めに光を落として、灯台のふもとがそうであるように、山の裾野すそのは、寂しく黒ずんでいた。雪国の五月の夜には、冬を忘れさせる、夏らしいがあった。


     *     *     *


 これから筆者は、鹿島かしま灯夏とうかの「不倫」を描いていく。しかし本作は、「藝術」に命を捧げる人々も描いている。


 そしていずれ読者は、これが、であることを知るだろう。


 なお、これから純文学的な描写が続くが、いずれそれは、前衛に変わることを、心にめておいてほしい。


 それでは物語に戻ろう。


     *     *     *


 鹿島は、喫煙所で声を潜めながら死人の悪口を言っている見ず知らずの二人の男性を横目に、山の方へと歩いていった。振り返ると、一面に広がる畑の向こうに港町が見える。あれが死人の育った町なのだ。


 友人の死を受け入れられず、涙を見せることが恥ずかしいから、こうして歩いているわけではない。どうにも整理できない気持ちを、どうにか落ちつけたくて、考えすぎないように考えながら、誰もいない道を、東の方へと歩いているのだ。


 山の向こうへ陽が隠れようとするころには、鹿島は元いたところへ戻っていた。結局、乱雑に散らばった感情を整理することはできなかった。もう自棄やけになった彼は、繊細なものはまとめて窓の外へ捨ててしまって、自分の理性と感情の相部屋に、無秩序に肥大化した慾望だけを残した。


 灯夏は窓から漏れてくる光を背にして、雪国の五月の夜にありがちな、善人が抱え持つ冷徹さのようなものを潜ませた空気に肌をさらして、鹿島のことを待っていた。

「整理はできた?」――灯夏は、彼の目を見ながらたじねた。


 黄色い電灯の光は、灯夏の大きな目の奥にある魅力を引き立てていた。その魅力というのは、死という動作の終焉の斥力せきりょくとしての、生という運動の持続であり、さらに言い換えるなら、死への反抗としての、生の営為への慾求の表象であった。


 式場の内側にいる死人の見えないところで、こうした露悪をふたりが一致させ、そのままあの海辺のホテルへと戻っていくことは、死別という言葉を造語として使用しているようで、ある種それは、反近代的な病のようなものだった。


 死への価値観は個人の感覚にゆだねられ、その死への向き合い方が、ひとつの暗黙裏の同意の圧力に従属させられることはない。


 悲しもうがそうでなかろうが自由なのであり、あのふたりの男のように死人を冒涜ぼうとくしようが、この鹿島と灯夏のように、死人を括弧かっこにいれてしまって、性慾という生の体験を死の事実に反比例させようが、責められるいわれはないのだ。


 灯夏がホテルの名前を運転手に告げた。この運転手は「ご愁傷様でしたね」と、独り言のように言ってタクシーを国道に乗せた。どうやら彼は、この町の外れにある葬儀場に、故人の知り合いが各地方から集まることで、自らの仕事が増えることに対する、愉快な感情を抱いているようだった。


 タクシーは、きらびやかな明かりのない、畑を縦横に広げた国道を走った。その間、鹿島と灯夏は、数時間後の自分たちを、お互いの指をからませあって表現していた。


 海のそばたたずむホテルのエントランスで、灯夏は鹿島に身体を預けて、「ビジネスホテルって、をしてもいいのかしら」と耳打ちをした。しかし専門プロフェッショナルのホテルは、山間部へ向かう反対の道に黙然もくぜんと構えているし、喪服でそこへ行くのははばかられた。


「うまくすればいいのさ」

 鹿島はそう言って、灯夏の腰に右手を回した。

「頼りない右手」

 灯夏がそれに応じて見せた媚態びたいは、鹿島の肺をめ上げた。


 彼は彼女を、人をだます狐を騙すもう一匹の狐のような存在に思っていたが、彼自身もまた、狐を騙す狐に騙された、迂闊うかつで警戒心のない実存にすぎなかった。


 この日が――人間がこよみの上を滑っているだけの存在に過ぎないという事実を隠蔽するように、赤い数字により象徴性を含ませたこの日が、死人によって黒色に塗り潰されたことは、二人の欺瞞ぎまんを暴くのに寄与していた。


 鹿島は部屋に入るなり、灯夏をベッドに導いた。獣どうしの演劇が、無観衆の中で上演された。



   ――――――


 【読者の皆様へ 追記】

 誠に勝手ながら、最新話の更新は、延期させて頂きます。

 今夏から家族の介護を中心に生活しており、本作に注力できる時間が限られていたことが理由です。加えて、今秋に実家へと引っ越すことが決まったのも理由のひとつです。

 なお「09月15日」から、加筆修正したお話を少しずつ公開いたします。

 大変申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い致します。


 2024年08月29日 紫鳥コウ


 【読者の皆様へ】

 本作を書くにあたり、内容を精査したい部分がありますので、一度、完全に非公開にさせていただきました。「08月31日の午前1時」より連載を再開いたします。

 突然のことで、大変申し訳ございません。ラストに向けて物語を紡いでいく上で、どうしても必要な修正作業のため、ご理解頂けると幸いです。

 必ず、本作は完成いたしますので、少々お待ち頂けると幸いです。


 2024年07月14日 紫鳥コウ

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