The "Mourning" Sun Rises.

紫鳥コウ

 陽はななめにひかりを落として、灯台のふもとがそうであるように、山のすそのをまっくらにしている。式場のそとは雪国の五月らしい、冬があったことをわすれさせるほどのあたたかい空気をしている。季節が一直線に進んでいくのではなく、とぎれとぎれに、はっきりと四季を際立たせるのが雪国だ。


 鹿島は、喫煙所で声をひそめながら死人の悪口を言っている見ず知らずの男ふたりを横目に、道なりの国道を、山の方へと歩いていった。どこまでも広がる畑の遠くむこうに町が見える。その光景は、この地域が内がわへ閉じこもり結束して、あらゆる困難を乗り越えていこうとする気概のようなものを感じさせるのに十分だった。あれが死人の育った町なのだ。


 友人の死を受けいれられず、涙を見せることが恥ずかしいから、こうして式場を足早に抜けだしたわけではない。どうにも整理できない気持ちをどうにか落ちつけたくて、考えすぎないように考えながら、ひとひとりいない国道を、東へと歩いているのだ。


 山の向こうへ陽が隠れようとするころには、鹿島は式場へと戻っていた。しかし乱雑に散らばった感情を整理することはできず、もう自棄になってしまった鹿島は、繊細なものはまとめて窓のそとへ捨ててしまって、自分の理性と感情の相部屋に無秩序に肥大化した欲望だけを残した。


 灯夏とうかは式場からもれてくる光を背に、雪国の五月の夜にありがちな、人間のような冷たさを感じる空気に露出した肌をさらして、鹿島を待っていた。


「整理はできた?」と、灯夏は鹿島の目を見ながらたずねた。窓からもれてくる黄色い電灯のひかりは、灯夏の大きな黒い目の奥にある魅力を引き立てていた。その魅力というのは、死という動作の終焉の斥力せきりょくとしての、生という運動の持続であり、さらに言いかえるなら、死への反抗としての、生の営為への欲求の表象であった。


 式場の内側にいる死人の見えないところで、こうした露悪をふたりが一致させ、そのままあの海辺のホテルへと戻っていくことは、死別という言葉を造語として使用しているようで、ある種、反近代的な病のようなものだった。


 つまり、死への価値観は個人の感覚にゆだねられ、その死への向き合い方が、ひとつの暗黙裏の同意の圧力に従属させられることはない。悲しもうがそうでなかろうが自由なのであり、あのふたりの男のように死人を冒涜ぼうとくしようが、この鹿島と灯夏のように、死人を括弧にいれてしまって、性欲という生の体験を死の事実に反比例させようが、責められるいわれはないのだ。


 灯夏がホテルの名前を運転手に告げた。この運転手は「ご愁傷様でしたね」と、ひとりごとのように言ってタクシーを国道に乗せた。どうやら彼は、この町の外れにある式場で葬式が営まれ、故人の知り合いが各地方から集まることで自らの仕事が増えることにたいする、様々な感情を抱いてきたようだった。


 タクシーは、隣町に入るまで、きらびやかな明かりのない一面の畑を横に広げた国道を走った。その間、鹿島と灯夏は、数時間後の自分たちを、お互いの指をからませあって表現していた。


 海のそばに建つホテルのエントランスで、灯夏は鹿島にからだをあずけて、「ビジネスホテルって、そういうことをしてもいいのかしら」と耳うちをした。しかしそれ専門のホテルは、都市へとむかう国道のかたわらにひっそりと構えているものだから、葬式帰りの格好でそこへ行くことはできなかった。


「うまくすればいいのさ」

 鹿島はそう言って、灯夏の腰に右手をまわした。

「頼りない右手」


 灯夏がそれに応じて見せた媚態びたいは、鹿島の体内時計を早めるのに十分だった。鹿島は灯夏を、ひとをだます狐を騙すもう一匹の狐のような存在に思っていた。しかしその鹿島は、その狐が騙す狐に騙された、迂闊うかつで警戒心のない、戯画的に描かれる存在にすぎなかった。


 この日が――ひとが暦のうえをすべっているだけの存在にすぎないという事実を覆い隠すように、赤い数字に象徴されたこの日が、死人によって黒色に塗りつぶされたことは、ふたりの欺瞞ぎまんを暴くのに寄与していた。


 鹿島は部屋に入るなり、灯夏をベッドに導いた。ふたりは、狐と人間の、獣どうしの演劇を、無観衆の前で上演しはじめた。

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