病人

 体調不良は人間のパフォーマンスを著しく低下させる。そんな状況で無理をしたところで、却って非効率であり、勉学など身に入るわけもない。

 それでも俺は登校した。そして案の定小依先輩に発見され、布団の中に囚われていた。


「ちょっとは痛みがなくなると良いんだけどね。どうだい?」

「少しは」

「なら良かった。触った感じだとそこまで熱はない。朝の分の風邪薬は飲んだらしいけど、お昼の分はどうだい?」

「あっ」

「オーケー、ついでに水も持ってくるよ」


 メイドかナースか、尽くされる側に理由が必要なほどの甲斐甲斐しさだった。しかし主従関係を付けるなら、主は彼女で従は俺である。

 要するに申し訳なさでいっぱいだった。いくら説得されようが納得させられようが、一方的に優しくされてハイソウデスカ、とはならない。

 錠剤とお茶を受け取りつつ、とりあえず頭を下げた。


「ありがとうございます」

「そもそも私が甘えた結果だろう? なら私が責任を取るのは当然さ」

「甘えた?」

「この間のお月見で君には無理をさせた。そして風邪を引いた。こう考えないと辻褄が合わない」

「風邪なんて唐突に引くものだと思いますけど……」


 といっても、何の説得力もなかった。寒暖差があったのはあの日、あの晩だけだ。

 体温計を渡されて測ると、38度近かった。まあまあ高熱だが、動けないほどでもない。


「ぜんぜん平気って表情を作りたいのも理解できる。けど、普通に顔が赤いよ?」


 彼女はおかしそうに笑い、手を顔に寄せた。目に入るのではと思い、咄嗟に瞼を閉じた。すると額が突然冷え、何事かと目を見開いた。

 焦点も合わないほどの距離に彼女の手首があった。


「ふふっ、驚いたかな」

「いや……まあ、はい。何してるんですか」

「冷たくて気持ちが良いだろう?」


 呆気に取られて、逆に冷静になれた。色々な言葉が頭に浮かび、ふと気付いた。


「先輩、手冷たいですね」

「うん? うん。そうだね」

「冷え性はよくないですよ。血行不良とかですか?」

「どうだろう、確かめたわけじゃないし、気にしたこともないや。多分君の予想が正しいかもね」


 良い恩返しの案が思いついた。一歩間違えれば――というかほぼセクハラだが、小依先輩なら笑って許してくれるだろう。これは医療行為である。


「先輩。さすがに今はできない、というかやったら先輩に怒られるからしないんですが」

「ん?」

「腕とか、肩とか揉みますよ」


 彼女は何も言わなかった。沈黙は雄弁である。表情はそれ以上に物語っていた。

 顔が引きつっていた。男に触られることへの嫌悪感と、これを言い出した俺への嫌悪感がダブルできている。

 しかし誓って言える範囲なら、9割は善意である。それがわからぬ彼女ではない。

 小依先輩が咄嗟に抱いたマイナス感情は、罪悪感に裏返った。

 微妙に口元は上がっているが、眉は微妙に寄っている。目は優しかったが視線は合わせてくれなかった。


「……うん」


 謎の申し訳なさを感じつつ、俺は恩返しの好機を手に入れた。

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年下先輩に甘やかされる俺 しゃるふぃ @shear

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