波止場小依のターン
微妙な成長
翌日は随分気分の良い目覚めを迎えたので、テレビを眺めていた。5分ほどで飽きて登校すら考え始めたころ、特集と銘打って小依先輩の映像が流れ始めた。浮かせた腰を落とした。
番組自体は先日の恋愛騒動に軽く触れつつも、彼女の紹介に軸を置いていた。旧来の彼女のイメージに戻った、ということだろう。映像の中では酷い言われようだった。血も涙もない実験狂い、医学の天才、特許料でボロ儲け、若い血を吸うために高校に通っているなど。魔女狩りはこうして起きたんだなあという感じだ。
呆れて逆に面白がって眺めていると、感心したとでも勘違いしただろうか。母親が嫌味な口調で言った。
「こんな子でも高校にはちゃんと通ってるんだから、せめて高校くらいは出なさい。世間体が悪いから」
追い出されるように家を出た。良かったはずの気分が台無しになり、テンションも下がり切ったまま。当然その後に調子が上がるはずもなく、放課後も絶不調。帰ろうか迷っていると、唯依が教室に現れた。別の奴に用事があったようだが、居残っている俺に気づくと声を掛けてきた。
「何してるの? 今日も小依ちゃんの方でしょ」
「ちょっとな。色々あるんだよ」
「どうせ話したら忘れるんだから、さっさと行けばいいのに」
拗ねた時の声だった。ただまあ、悩んでも仕方ないのは正しい意見か。唯依に見送られつつ階段を上り、部屋を尋ねた。小依先輩は、戸を開きながら呆れ顔をした。
「昨日の今日で来ないとは思わなかったよ。今日は何時まで大丈夫かい?」
「何時でも大丈夫ですよ」
「じゃあ、今日も何があったか聞いてもいいかい?」
「もちろん。今朝は親が――あ、そうだ。昨日もしましたけど、先輩護身とか」
今日はまともな話題があったので、話が良く進んだ。おかげで時間を忘れてしまっていたが、18時頃から彼女がやけにそわそわし始めた。
「あの、帰った方がいいですか?」
「いやいや。そんなことはないよ。あ、そうだ。思い出した。足を見せてほしい。多分大丈夫だろうけどね」
言われるがまま裾を捲って見せた。青くなってはいるが、とりあえず歩くだけなら問題はない。体育は見学せざるを得ないが、それは俺にとって好都合だった。しかし彼女は眉間に皺を寄せた。
「君、大変ならもう少し早めに辛そうにしてほしいんだけど」
「慣れてますので」
「嫌な慣れだね――ところで、今日は9月の何日だったかな」
急に日付を聞かれたので、回答に窮した。わからないと伝えると、そっかという呟きが聞こえた。なぜ聞いたのだろう。あまりにも不自然だったので記憶を辿ると、朝の番組がヒットした。
窓の外。
「中秋の名月?」
「あぁ、そんなものもあったね」
妙に白々しい。先程彼女がそわそわしていたのを思い出す。月が出始めるくらいの時間ではないだろうか。
「もしかして、月を見たいんですか?」
「いや、まあ……どうだろうね?」
「その歯切れの悪い回答は何ですか」
「君と一緒に居る必要がある。可能な限りね。つまり帰すのは論外なんだよ」
何が悪いのか理解不能だが、本人が言うなら仕方ない。俺の選べる未来は我儘を言ってこの部屋に留まって彼女と話すか、月を見ながら彼女と話すかだ。選択肢の意味がない。
「なら俺も行きますよ。星を見るのは嫌いじゃないですから」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔だった。
「君……成長したんだね」
「急に両親みたいなこと言い始めましたね。俺のは言いませんけど」
「だって貸し借りがないと動かないだろうと思っていたから。まさか何の理由もなく善意で私に合わせてくれるとは思わなかったんだよ」
「唯依よりひどいこと言ってる自覚あります?」
「ある。けどそれだけ驚いたんだ。それじゃあさっそく行こうか!」
彼女がいきなり走りだし、慌てて後に続いた。何処へ行くつもりだろうか。
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