トライアングル

 かくして孤独問題は解決した。小依先輩の数時間が犠牲になるのは心苦しいが、唯依とは顔を合わせ辛い。そもそも他愛もない会話に『飽きた』とか言い出しかねない。


 俺は月曜日を心待ちにしていた。平日を楽しみにするのは初めてだ。もう二度とない。小依先輩と過ごすのに慣れてしまえば、こんな感動は感じなくなる。

 だから思いっきり噛み締めよう、楽しい思い出にしようと思ったのだが。


「なんでお前がいるんだ?」

「ひどくない?」

「連絡しなくてごめん。けど言ったら逃げちゃいそうだし、大事なことだから」


 彼女が大事と言うなら、多分本当に大事なんだろう。その上で唯依絡みの重要な用事とくれば、また失恋だろう。何度も何度でも言うが、生々しいから聞きたくない。先手を打った。


「唯依? この間も言ったけど、恋の話なら他所でやってくれないか」

「だからさー、いい? そもそも私失恋してないから。というか恋とかしてない。全部瞬の勘違い」

「証拠は?」

「ところで瞬と小依さんがやってること、聞かせてもらったんだけど」


 何がところで、だ白々しい。

 俺と先輩の関わり方は控えめに言って奇妙で、印象も混ぜると変態的だった。悪用する唯依ではないだろうが、出来るだけ知られたくない。このタイミングでこの発言、何か企んでいるに違いない。


「脅しのつもりか?」

「いやそうじゃなくて。ってか脅すならもっと色々あるからね」

「目的はなんだ。金はないぞ」

「甘やかし役ってのがあるんでしょ? それって私じゃダメかな」

「却下」

「小依さんはオッケーしてくれたんだけど、瞬の許可がいるって」

「却下」

「もうちょっと聞いてよ!?」

「何もかも足りてないからな。優しさとか包容力とかが特に」

「胸が大きい子がいいってこと!?」

「少なくとも今のでデリカシーの無さは証明されたな」


 小依先輩が顔を赤らめて俯いてしまった。可哀想に、こんな奴にセクハラされて。


「とりあえず帰れ」

「どかないからね、瞬が良いよって言うまで」

「じゃあ俺が帰ろう。小依先輩、また電話で」

「あーそういうことするんだー!」


 子供みたいな声をあげ、唯依が飛び掛かってきた。抱きしめられると流石に気恥ずかしい。それだけで済むのが唯依クオリティだが。

 ただ、恋じゃないのはこれで証明された。さすがの唯依でも好きな男がいれば抱き着かないだろう。今回はその反省も込めて、頷いてやるか。


「週2な」

「えー? 3は?」

「1にするぞ」

「わかった。けど会って話すからね」

「どこで」

「部屋でいいじゃん。どっちかの」

「……もう何も言わん。今日は部活あるんだろ、行ってこい」

「忘れたとか言ってないとかナシだからね!」


 随分調子良さそうに唯依は去った。

 茫然とした小依先輩は口を半開きにして、少しよだれが垂れかかっていた。あんまりにも無防備だったので、つい意地の悪いことを言いたくなる。


「小依先輩。前に荷物持ちするって話してたじゃないですか。あと布団を干すとかも」

「へっ? あぁ、うん。あったね」

「しません?」

「え?」

「行きましょうよ。今」

「……明日じゃダメかい?」

「なぜです」

「心の準備が私にもある」

「準備する要素あります? 水とかお菓子とか買うだけですよね」

「事前に下調べをしないと。誰かと行った経験がないんだよ。瞬君はあるのかい?」

「唯依に連れまわされて。珍しいですね、行ったことないって」

「あぁ、目に浮かぶよ……あと遊園地や商業施設ならともかく、スーパーマーケットは普通ないだろう」


 確かに高校生が友達同士で行くのはレアか。下調べの抜け目の無さがきめ細かな実験につながると思えば、これも仕方なしか。


「では明日に」

「ごめんやっぱり明後日」

「明日に行きましょうね!」


 涙目になりながら頷いてくれた。多分小依先輩は愚痴を唯依に言う。こうしてみると、新しい関係が見えてくる。

 唯依は俺に対して積極的だった。俺は小依先輩に。小依先輩は唯依に。美しい三角関係で誰一人幸せにならない予感がする。すべての矢印を逆方向に回した方が平和なのではないか。

 それだと俺が唯依に惚れねばならない。無理だ。やっぱりやめにした。

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