カップルか家族か買い出しか
翌日の暮れ、俺と小依先輩は連れ立って街を歩いていた。耳目を集めているがもはや知ったことではない。また1人でベッドでのたうち回るのは嫌だ。虚しすぎる。
それに小依先輩は元々が美人だ。注目を浴びること自体には慣れている。さすがに恋人疑惑には狼狽えていたが、今は耐性もばっちりだ。
2人揃って無敵の心で完全武装。向かう戦場は高校近くのスーパーである。タイムセールを巡って争いが行われたりはせず、規模の割に閑散とした一般小売店だ。採算が取れるのか常々疑問に思っていたが、その一端が開示されることとなった。
「……先輩?」
「なんだい? あ、あれも買おうか」
「さっきから値段に頓着しなさすぎでは……? というか、買いすぎじゃ」
「すぐ使うから仕方ないよ」
この店を使ったのは片手で数えられるほどだが、全体的に物価が高い。彼女は値札を一顧だにせず思いつくままカゴに放り込んでいて、まるで菓子売り場の子供だ。ただし対象は全コーナー、おっと紅茶パックを心赴くまま5種類突っ込んだ。現実離れした光景だった。
「あの、これお金とか大丈夫なんですか?」
「色々の副産物でね。特許使用料その他――まあともかく、気にすることはないよ。瞬君の方こそ大丈夫かい?」
「何がです?」
「さっきから顔が引きつってる。体調が悪いなら先に帰っても大丈夫だよ?」
「そういうのじゃないです。そんなに買うんだなって」
「ちょっと調子に乗ってしまったよ。自重する」
こうして5箱が3箱になるくらいの自重をしていると、他のお客の声が耳に留まった。若夫婦がこちらを見て微笑ましそうな顔をして『新婚かな』とか言っていた。
不幸にも聞こえてしまったらしい。彼女は目を合わせてくれなくなった。
「気にしないでいきましょうよ。ね?」
「恋人、は慣れていた。カップルとか彼氏とか彼女も」
「結構防御の範囲狭いんですね」
「ところで今日食べたい物はあるかい? 良ければ何か御馳走したいんだ。荷物を運んでもらうお礼だから、遠慮はしないでね」
このやり取りはまさに新婚――いや何でもない。触れてはいけない。さすがの俺も恥ずかしくなってくる。このお互いに目を合わせられない空気。気まずいとも違うが何とかならないか。
そうか、だから飯の話をしたのか。さすがだ、既に布石は打たれていた。
「あー、えー。正直、あんまり好き嫌いないんですよ。先輩の得意料理は何ですか」
「私? 私かあ……あぁー……シチュー、かなぁ」
「子供が好きそうな奴ですもんね」
「どういう意味かな、それ」
彼女は笑いもせず、むすっとしたままシチュー用の肉を手に取った。どうやらメニューは決まったらしい。親に最低限のメッセージを送った後、必死に彼女の機嫌を取るのだった。
合計4カゴ。金は気にしなくていい。梱包も小依先輩が慣れている。問題はこれをどう運搬するかである。彼女は肉体的にはただの女子高生であり、パワードスーツも持っていない。白米のような嵩張る重い物もある。
かなり買い物に時間を取られたので、もう辺りは暗くなりつつある。あまり時間がないが、かえって好都合でもあった。そろそろ部活動も切り上げるはずの時間帯。つまり唯依は学校にいる。
このままでは荷重で背骨が折れてしまう。背に腹は代えられない。メッセージを送ると、すぐに返信が来た。
『すぐ行く。ところで小依さんに聞いておいて。私も手料理食べてみたい』
食い意地の張った奴め。
小依先輩は空を見上げて何だか雰囲気に浸っていた。美人は何をしても様になる。何か意味があるのかと声を掛けるのを躊躇ってしまった。
逡巡していると、視線が邪魔だったらしく顔がこちらに向いた。軽く頭を下げつつ画面を見せると、彼女は目を丸くして頷いた。
『大丈夫だそうだ』
メッセージを送ったが既読すらつかない。聞いても見ないなら意味ないだろ。
「どれくらいで着てくれるんだい?」
「足は速いですけど短距離型ですからね。学校からここまで突っ走ってヘロヘロになって……まあ、10分くらいじゃないですか?」
「私ならその倍はかかるね」
「来た時は30分かけてますけど。まあゆっくり待ちましょう」
唯依の到着時間で賭けながら、出来るだけ目立たない場所に隠れていた。
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