リスタート

 翌日登校してみると、唯依は完全に元通りだった。ただ視線すら合わせてくれないので、避けられたのだろう。過去にもあった。その時は必ず謝っていたが、今回ばかりは許されるべきだ。俺と恋の話をしようってのは間違っている。血迷っているのは向こうだ。

 唯依とは会わない。夜刀とは連絡がつかない。恐らく唯依揺さぶり計画から手を引いたのだろう。小依先輩は自重して何も送ってこない。同級生は様子を見ている。


 俺は待望の平和のみならず、穏やかで静かな時間まで手に入れていた。もう人間関係に苛まれることはない。毎日学校に行けという親だけは健在だが、これなら問題にならない。


 本を読んでもいい。眠ってもいい。スマホを弄ってもいい。何をしても誰も妨げない。口煩い幼馴染も悪意のある同級生もいない。可愛い幼馴染や同級生との和解もない。放課後、1人だけの教室で呟いた。


「自由だ」


 吉凶どちらも起きえない。ただ、今までの俺は負の方向に偏っている。プラマイゼロは実質プラス。金もカツアゲされる損失がなくなれば、すぐに算段が付くだろう。

 悠々自適の生活が始まった。


 まず、帰りがけに本屋に寄った。ここ最近は同伴者が大抵いたから、時間無限というだけで嬉しかった。結局どれにするか決着がつかなかったが、明日決めれば良い話だと思えばかえって清々しかった。


 次の日は何もせずまっすぐ帰った。普段と比べて1時間近く早いのに驚く。気になっていた動画を見ていると、あっという間だった。


 ある日の俺は勉強をしていた。未だ中間テストは遠いが、備えても損はないだろう。そう思ってシャーペンを握っても、どうにも手につかない。

 俺は今まで勉強を苦に思わなかった。ただ、今にして思うと謎なのだ。俺は今まで、何のために勉強していたのだろう? 科目を数学から哲学に変えても、解が導かれはしなかった。


 日付を覚えるのは苦手な方だ。だから1人という物に浸り始めてから何日過ぎたのかはわからない。スマホのログを辿れば簡単だが、そんな気力も湧かない。

 起きる。行って授業を受け帰る。寝る。その繰り返し。日々に彩を入れようにも何を入れても変わらない。今まで日常の色だと思っていた物は全部無色で透明で、無味乾燥だった。錯覚だったのだ。


 では、鮮やかなのは何だったのか? 何度考えても同じ結論が出て頭を抱えた。まさに正しいだけで、受け入れられない。いかにも唯依の出しそうな答えによく似ていた。


 俺の知っていた日常の色は、出来事でついていたわけではない。本当に色を出していたのは唯依や小依先輩だった。彼らが暖色なら寒色は同級生や通行人で、夜刀は何だかわからない。

 そうだと知って、今更どうしろと言うのだろう。再び飛び込めば良い、小依先輩でも唯依でもいい。連絡を取ればすべて解決、するはずがない。あの2人だけ付き合えるわけではないのだ。きっと彼らは機敏に察知して、俺を虐め始めるだろう。

 空虚の地獄か暴力の地獄か。選びようがない。選べない。死人のようにベッドに横たわり、空虚な液晶を眺めていた。

 掌の上の小さな箱が震えた時、再び時間が動き始めた。

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