怒りの理由
ここ最近の行動を振り返ったところで、わかったことがある。
確かに唯依のメンタルに悪影響が出るイベントはあった。風邪を引けば心が弱るし、何かの弾みで泣いたっておかしくはない。
しかし『俺を見ること』が引き金になるのはおかしい。
場面を再確認してみよう。今日も唯依は休みだった。学校からの帰り道、地元の駅から出たところでばったり会ったのだ。その結果向こうは俺の顔を見て泣き出した。
そうはならないだろ。
「……唯依?」
「あほ」
「俺が何かしたか?」
「ばか」
「……で、俺は何をしたんだ?」
「何もしてくれなかった」
これはすごいことになったぞ、と脳内で誰かが言った。これは本気で弱っている。あの唯依がこういう面倒臭い発言をしている光景など初めてだ。その役回りは俺がやってきた。
そう思えば違って聞こえる。聞き慣れた罵倒は震えていた。普段通りの反応をすることで、何か確かめているのか。それとも苦痛を紛らわせているのか。
どうだっていいが、これは困った。助けを求めようにも、面食らっているうちに夜刀は逃げ出していた。
唯依はこちらにしな垂れかかった。鼻先が触れ合うほどに急接近して、瞳の奥を覗きこんだ。
「で?」
「すみませんでした」
「何が?」
「……知らん」
「ぼけなす!」
音圧でビンタでもされたかと思った。少なくとも公衆の面前で美少女に罵倒されている男がいれば、そいつは屑である。俺もそう思う。だから先程から刺さる痛い目線に文句を言うつもりはない。
しかし、さすがに耐えがたい。
「……唯依さん」
「は? どうしたの?」
「……場所を変えましょう」
「どこに」
「……お望みとあらば、奢らせていただきますが」
「お金ないでしょ。うち来ていいよ」
逆らう余地はなかった。
唯依の家までの移動は徒歩だ。その間の雰囲気は地獄の具現化に他ならなかった。彼女といて沈黙が苦になる日など何年ぶりだろうか。夜刀は消えたままだったが、指摘する勇気すら残されていなかった。
泥のように玄関先を通り、唯依の両親に睨まれ、階段を上った先には数年ぶりに見る唯依の部屋が現れた。女の子の部屋とか言っていられる場合ではないし、そんなことを言う関係でもなかった。ただ、流石に違和感を覚えた。
「なあ、唯依、これは、なんだ?」
「説明させる気?」
部屋のそこら中に大量のビニール袋やら箱やら包みやらが置いてある。片付けが苦手なわけではない。つまり、やれなかったということ。風邪を引いていたならそうだろう。つまり順当に考えれば、これは見舞い品である。
「……念のため確認するね。私が熱出してたの、知ってた?」
「うん」
「もう1つ確認するね。何かこう、特別に忙しいとか?」
「別に」
「……私の家の場所、覚えてた?」
「おう」
「じゃあ何でお見舞い来てくれなかったの。せめてメッセージだけでも送ろうとは思わなかった?」
「喜ばないかなと」
彼女は何も言わなかった。ただ黙って俺を見ていた。すべてを察した。俺は選択を誤った。そこについては謝罪しよう。
ただ、それだけでこうなるだろうか。俺の知る立花唯依とは、俺が何をやらかしても大抵笑っているか、罵倒の1つで許してくれる奴である。この程度の失敗は何十もしてきたし、これ以上の失敗も何度かあった。
何かおかしい。
そんな思いを抱えつつ、彼女の説教を聞き続けた。
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