懸念

 馬鹿は風邪ひかないというが、まさか賢くなるために風邪をひくとは思わなかった。小依先輩曰く、唯依が高熱を出したらしい。”お見舞いに行ってはどうだろう?”なんて言われたが、小依先輩は唯依を知らないのだ。


「見舞いに行くべきか。どう思う?」

「唯依さんがお見舞いを喜ぶ性格ですかねぇ?」

「……何一丁前に心配している、とか言い出しかねないな」

「目に浮かびますねぇ」


 夜刀と話しながら通学路を歩く。校門前あるいは最寄り駅前で別れる。この繰り返しによって、ついに三股の男となった。もう小依先輩と唯依と夜刀以外とはお付き合いできない。

 滅茶苦茶贅沢だな。それに元々誰とも付き合えるはずもない。


「ま、お見舞いには私が行っておきますよ。一応唯依さんとも触れ合わない約束でしょう」

「悪いな。あそうだ、あいつゼリー好きだから持って行ってほしい。金は……」

「それだけ聞ければ十分ですよ。それじゃ、今日もここでお別れです」

「おう。ところで唯依への揺さぶりはどうだ? なんか情報あったか?」

「それも今日聞き出してきますよ。風邪で弱ってるところに付け込みます」


 彼女なら大丈夫だろう。別れてから歩いていると、ふと目に留まった集団がいた。陸上部の集まりだ。見舞いではないようで、楽しく遊んでいる。

 ハブられているみたいだ。風邪を引いた日に”みんなで集まって遊んでたよ!”と言われて、喜ぶ人間がいるか。少々意地が悪いではないか。

 考えすぎかもしれないが、念のため記憶に留めてすれ違った。目があった時、彼らは随分ばつの悪そうな顔をしていた。


 翌日登校した時に唯依がいないから、それはそれは驚いた。昼休みまでのすべての休み時間を挙げて探し回ったほどだ。お手上げになって連絡した。


『小依先輩。今日も唯依は休みですか?』

『立花さんはまた連絡してないのかい? 休みだよ。熱が下がらないとか』

『季節の変わり目ですかね? 先輩も身体に気を付けてください。では失礼します。授業が始まるので』

『がんばれー』


 夜刀はバイト中なので、返信に時間が掛かる。調子がどうだったか尋ねたところで、鐘が鳴った。


 帰り際、夜刀から『今日は無理です』という連絡がきた。唯依の様子について連絡がないあたり、相当忙しいらしい。

 階段を下りながら、ふと窓の外の陸上トラックを眺めた。無人だった。今日は練習日のはず。


「……まさかとは思うんだが」


 もしかして、唯依は部活で孤立しているのではないか。あり得る。やりそうなことを思い浮かべてみた。

 『なぜ上手なの?』に『練習したから』と答える。『どれくらい練習すればいい?』『自分で考えるしかないよ』。間違ってはないが好かれる態度ではない。

 もちろん『じゃあ一緒に考えて』に『良いよ』と返す程度には善良なんだが、そう言える人は少ない。彼氏がいない原因もこれだ。可愛げが顔しかないのだ。そして唯依は面食いが大嫌いである。

 ついでに部活の愚痴を言っていた記憶も思い出した。


 しかし何もできない。裸一貫突撃しても玉砕するだけで、そもそも連絡すら取れない。俺が『助けたい』とか言っても『人の心配してないで小依先輩の方を何とかしろ』と言うに決まっている。

 何とかしなくてはと思いつつも、何もできない日が続いた。

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