平和
小依先輩の部屋を秘密裏に訪れ、いつものように座り、慣れた様子でお茶を飲む。
おかげで本題を忘れかけたので、慌てて言った。
「で、なんで呼んだんですか?」
「立花さんの様子がおかしかったからね、ちょっと言っておこうかなと」
「おかしい?」
今日は廊下で通りすがりに見かけたが、変わりなかったはず。
「おかしいは言い過ぎたかもしれないね」
「じゃあ、どんな感じでしょう」
「うーん……長くなるかも。大丈夫かな、話してもいいかい?」
「夜刀には連絡入れてあります。それで、どうでした?」
「気のせいかもしれないんだけど」
彼女は相変わらず眉をひそめていた。
「君の話題を出した時にだけ反応が少し違った。偶然かもしれないけど」
「違うとは、どう?」
「……うーん。びくっとする感じ」
当然だが唯依にそんな特殊な癖はない。そもそも何を意味している動きだろう。
「あっそうそう。瞬君と上小路さんの関係については伝えてあるよ」
「その時の反応は?」
「別にどうともなかったかな。驚いてはいたけどね、それは仕方ない」
なら一層よくわからない。
彼女は慌てて両手を振った。
「言わずともわかっているだろうけど、もちろん私の個人的な印象に過ぎない。たまにそんなこともあるだろうとは思うんだよ」
「うーん……俺にできること……は、ないですよね。まあ」
「こっそり会えないかな」
「そりゃできますけど、唯依の方が嫌がりますよ。一度決めたらテコでも動きませんからね」
小依先輩は腕組みして目を閉じた。
「気にしすぎ、かな?」
「放っておけば自分で何とかするとは思いますよ」
「まあ、付き合いの長い瞬君が言うのなら、ひとまず置いておくよ。ところでただこの先何かあった時に手紙で連絡するのは融通が利かない。そうは思わないかな?」
「そうですね」
会話が途切れた。なぜだ。彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。なぜか。
向こうが言えなくなった以上、こっちが言わねばならない。だが何を言おうとしたのか。手紙の融通が利かない、人に見られない、便利な連絡手段――あぁそういうことか。
乙女か。
「じゃあ、これどうぞ。俺より操作慣れてるでしょうから、任せちゃっても?」
「えっ!? あ、うん。ま、任せたまえ」
ロックを解除してスマホを差し出した。
彼女は卓上のそれをガラス細工でも触るように手に取ると、おっかなびっくりタッチして、ひどく緩慢な手つきでソーシャルアプリのトップを開いた。そこで手が止まった。
「あの、先輩。もしかして友達――」
「100人いるよ?」
「はい」
無言でスマホを回収したが、俺も慣れていない。どうにか友達登録を済ませると、彼女はまるで大仕事でもした後のような顔をしていた。
勘違いかもしれないが、ここで放っておくと永遠にメッセージのやり取りはないだろう。向こうから送って来るとは思えない。顔を合わせないと俺も送り辛くなる。
「ちょっと失礼します」
「え? あ、うん。どうぞ」
下を向いてスマホを叩き、メッセージを送信した。
『何時でも何でも言っていいですからね』
向こうの通知が聞こえた。驚き飛び上がる猫みたいな動きが見えた気がしたが、多分気のせいだろう。
「わ、わかった。頼りにさせてもらうよ」
「メッセージで送らないんですか」
「……う、うん。それもそうだよね。こっちでの会話だもんね」
深呼吸も聞こえた。かなり大きい。反対側の俺に息がかかるほどだった。
『よろしくお願いします』
最早何も言うまい。
「言ったのは嘘じゃないので。些細なことでも唯依のことじゃなくても大丈夫ですから」
「うん。あ、瞬君からも何でも送ってきていいからね!」
頷いてから立ち上がる。
「それじゃ、また今度」
「じゃあね。気を付けて」
いつも思うのだが、彼女はいつ下校しているのだろうか。早速メッセージで確認してみたいところだが、聞く勇気がなかったのでそのまま帰った。
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