手紙

 蒼穹の下に涼風が吹いて、隣の麦わら帽が揺れる。手を引かれて顔を上げると、白いワンピースの袖から健康的に日焼けした肌が覗いている。見る者を自然と笑わせるような笑顔をしていた。


 俺にとって唯依とはこういう女の子だ。カンカン照りの日差しの中でも一抹の涼しさを感じさせてくれる。でもそもそも日差しに連れ出したのは彼女だ。そういう奴だ。

 だから、底抜けに明るくなければ唯依は唯依ではない。涙の似合う奴じゃない。


「……なあ、夜刀」

「なんです?」

「この状況を変えたい。手伝ってくれ」

「お断りします。誠実な私は、できないことは引き受けない主義ですので」


 口を噤んだ。正しかったからだ。何せ、これは俺のせいなのだから。

 視線の先では、唯依が一筋涙を流しながら俺を睥睨していた。



 休日、夜刀と左手を繋いで街中を歩いていた。

 あくびをするのは構わないが、俺の手ごと持っていくのはやめてほしい。吐息が掛かって気持ちが悪い。

 そんな心を知ってか知らずか、腹の立つほど爽快な笑顔を向けられた。


「面白いことをしましょう!」

「任せた」

「はい! じゃあお待ちくださいね!」


 と言った物だから何か連れてくるのかと思ったら、いきなり駆けだしたせいで転びかけた。文句を言う暇もなく走り行くと、1台のカメラと暇そうなスーツ姿の男性が現れた。彼は夜刀を見るなり手を上げた。


「あれ、上小路さんじゃないですか。どうしたんですか」

「インタビューですよインタビュー。してくださいよ」

「暇ですし、待ち人が来るまでなら構いませんよ」


 どうやら記者か何からしい。カメラマンは不在のようだが、上小路が手馴れた様子で記者を手助けしていた。これの何が面白いのだろうか。


「瞬さんにやってもらうことは簡単です。そこに立ってみていてください。私が小依さん唯依さんとの関係を証言する。それも、あなたに有利な形で。このニュースでひっくり返るとは思いませんが、ないよりはマシでしょう!」


 特設インタビューが始まった。といっても、主に答えるのは夜刀だ。相変わらず妙な喋り方をするせいで要点が掴みにくいが、重要なのはこの一言に尽きるだろう。


「そもそも瞬さんは私の彼氏です! あの2人とはちょっとした頼まれごとがあっただけ! 本当は関係なんてありませんし、瞬さんだって迷惑していますよ!」


 特に問題はなかったと思う。その後はデートとも言えぬデートをして、夜になって解散するのだった。


 月曜日の朝はしんどい。学校に行くのも嫌になる。そこにサボりセンサーなる独自の技術を用いた唯依がやってきて、俺を引き摺るのだ。

 しかしこの日の朝は静謐そのものと言って良かった。相変わらず怠いが行かねばならない。”お前は何もできないのだから、せめて学校くらいは行け”というのが親の教育指針である。

 結果は変わらない。どうせ学校には行く。青空の下を歩いていると、普段よりずっと暗い気がした。


 その日はずっと気分が上がらなかったので、昼休み校舎裏を歩いていた。本当は教室で1人をアピールすべきだろうが、そんな気力もない。

 ふらふらと歩いていると、頭頂部に何かが突き刺さった。鳥か。そこまで不幸なのか俺は。と思ったが、どうやらそうではないらしい。それは紙飛行機だった。翼には丸っこい文字で『上』とある。


 見上げると、そこには小さな窓がある。黄ばんだ白塗りの校舎と比して、窓の先だけが新雪のようだった。

 つまるところ小依先輩が悪戯を成功させた顔をしていた。両手を結んでは開いて、と動かしている。紙飛行機を開くと、放課後来いとのことだった。

 俺は無言のうちに頷いた。それじゃわかり辛いかもとサムズアップまでしてみせた。彼女も同じようにやった。

 お互いに大声は出せない身分だ。誰が聞いているかわからない。妙なやり取りだったと思う。それが妙に楽しくて、浸っていると気づけば放課後になっていた。

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