下手な揶揄い

 小依先輩が夕日に照らされている。真っ白い髪が揺れふわりと目が優しく開かれる度に、訳の分からぬ緊張を強いられた。その状態でまともに話せるわけがない。おまけに彼女は、ここで黙り込んでも許してくれる女子である。

 気まずい沈黙はくぅという微かな音で終わりを告げた。


「……あ、瞬君。お腹空かないかな」

「そう、ですね。何か食べたいとか、ありますか」

「ないよ。歩きながら探そう、気になるのがあったら遠慮せず止まってね」


 悪いが俺は歩みを止めない。小依先輩が止まるのを待ち、彼女の希望に沿うのだ。

 しかし問題がある。多分、彼女は全く同じことを考えているに違いない。歩きながら一計を案じた。


「あ、俺特に希望ないので。入りたいところ入ってください、文句は言いませんよ」

「ふぅーん、そっかそっか、君はそういう人なんだね」


 これは仕方のないことだ。よくよく考えてみると、俺は好きな食べ物1つ知らないのだ。だいたい、俺視点だと料理を選んでも意味がない。よっぽど酷い店でなければだいたいの物は美味いというはずだ。美人と食べれば大抵は誤魔化せる物である。


 問題は店選びではなくジト目で睨みつけられていることだ。可愛い系の顔立ちの彼女がやっても意味などないし、むしろ滅茶苦茶に可愛いだけだった。もう少し見ていたいと思い、突き放すような口調を作った。


「ええ。何せ食べたいものもありませんし、好きな物もわかりませんから」


 彼女は心底意地の悪いことを思いついた、と言いたげな顔をした。


「ふぅーん? じゃあそうだね、仮に私が激辛料理に挑戦したいと申し出たとしよう。君は一体どう思うかな?」


 ひょっとして高度なギャグだろうか。違うらしい。これが嫌がらせや意地悪になるだろうか。なるはずがないと思う。彼女以外は。

 小動物を見た時の、自然に湧き上がる細やかな嗜虐心が頭をもたげた。


「じゃあ激辛行きましょうか。何にします? ラーメンとか?」

「えっ」

「俺は先輩に好きな物食べてほしいんですよ。だから喜んでお供します」

「あ、あー……」

「おっ、先輩あれとかどうですか?」


 実にセンセーショナルで適当で頭の悪い唐辛子を目にして、彼女は顔を青くした。


「さあ行きましょう。あ、大丈夫ですよ俺激辛慣れてるので」

「なんでぇ!?」

「唯依とよく食べに行くので。あいつ変な物好きですからね」


 ……ん? あれ、上気していた彼女の顔がどんどん冷えていく。白くて綺麗な肌が戻った。通り越して青くなった。角まで生えた。


「唯依、って誰か教えてもらえるかい?」

「友達です」

「随分親し気だよね。ねえ瞬君、私は君を友達だと思っている。ならば友達の友達のことが気になっても仕方ないだろう」

「何考えてるのか全然わかりませんけど」

「私の実験に影響を及ぼしそうだから、予め聞いておきたいんだ」


 その目は暗く濁っていた。何か並々ならぬ気迫があった。


「えっとあっと、あ、食べながら! 食べながら話しましょう! あ、なんか急にラーメン食べたくなりました!」

「……私は塩が好きだけど?」

「ああなんかそんな気分になりました、奇遇ですね!」


 本当は豚骨派だとは口が裂けても言えないまま、拉致同然の勢いで彼女をラーメン屋に叩き込んだ。あの時の事は忘れられなかった。彼は額に汗して鉢巻きを巻いて、いかにもラーメン屋の店主の若い頃といった風貌をしている。彼の目を、俺は生涯忘れないだろう。


 男性店員は注文時は心底羨ましそうな表情を見せたが、品を運んでくる時には養鶏場の鶏を見る目で俺を見ていた。多分、死んだら鶏がらスープにされるに違いない。

 生死の掛かった戦いが始まった。

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