飛び出した先

知らない知ってる場所

 ここはどこか。もちろん地名は知っている。端末から地図を見ても良い。しかしそれだけでどうにかなるのなら、方向音痴など生まれない。


 上小路と俺たちの下車駅は同じだった。偶然にも目的地も同じ。何でも実家がそちらにあるらしいが、詳しくはわからない。ともあれ地元の者がいるなら安心だ。どこか良い宿を知らないか、と聞いてみた。上小路は笑顔で頷いた。


「おっけーです! ささ、いきましょう!」


 夜も遅くなると上小路は元気になって、まさに夜に煌めく刀のようである。上小路は胸を張った。しかしでかいのは自信と胸部と態度だけだった。


「あれれー? おっかしぃーですね?」

「おかしいのはそっちだ。ここはどこだ。いや、俺も馬鹿だったな。市街地にあるだろう宿に向かうのに山に突っ込んだ時点で疑うべきだった」

「まぁまぁ近道ですから!」

「どこへの近道だ。山頂への近道じゃないだろうな」


 返事はなかった。上小路はリュックを背負っていたので、何だか腹が立って強奪した。ついでに小依先輩からは紳士的に荷物を受け取った。


「ありがとう。でも辛くなったらいつでも言ってね、これでも体力はある方だよ」

「額に汗して何を言いますか」

「……瞬さん、私にはわかっていますよ。荷物を人質に取ったんですね。置いていかれないように」

「何のことかわからんな」


 そんなつもりはなかった。しかし不幸にも理解できてしまった。小依先輩は気の毒そうな表情をした。


「置いていかないから、返してもらって大丈夫だよ」

「いや殊勝に荷物持とうって思っただけですけどね。アレが悲観的過ぎるだけです」

「アレ呼ばわりとは何と、ってあぁ! やっと見つけたぁ!」


 何を?

 彼女に続いて下っていくと、限りなく廃墟に近い一軒家が見えてきた。辺りに人家は数件しかない。怪談じみた家屋に近寄ると、表札には上小路と書いてあった。これは俺でもわかる。


「……ここはただの家だよな? 上小路? 俺は宿を知らないかと言ったんだが?」

「さんが消えましたね、心の距離が近づいたってことですよねー!?」

「帰りましょう。小依先輩道覚えてるんですよね」

「いや、でも君の友達なんだろう。ならば……私が拒むわけにはいかない」

「2対1です! さあさあ、どうぞどうぞ我が家へ! 大丈夫電気も水道もありますから!」


 小依先輩がただのお人よしである可能性は、いよいよ現実味を帯び始めるのだった。

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