片道切符
小依先輩の顔は俄かに苛立っていたが、あえてそれには触れないことにした。
「えっと……忙しいなら、今日はナシってことで大丈夫ですか?」
「いや本当にごめん。八つ当たりみたいになっちゃったけど、わざとじゃないんだ。できるならその辺で待っていて欲しい。ちょっとした野暮用だからさ」
「了解です」
どこら辺がちょっとしているのか。実際、彼女はモニターを見て机に拳を振り下ろした。これは相当頭に来ているに違いない。
触れるか否か。愚痴の1つくらいは聞いた方が良いのではないか。それくらいなら俺でもできるだろう。とりあえず、落ち着いたら聞いてみるか。
少しと言いながら、用が済んだのは1時間後だった。
「ごめん、本当に。どうしてしまったんだろうねえ私は……」
「それは良いんですけど、何だったんですか?」
「あ、いや、それは」
「俺にできることがあるなら手伝いますよ。宿代ってことで」
沈黙が返ってきた。拒絶というより、悩んでいるらしい。数分後、おずおずと彼女は声を出した。
「いいかい?」
「ええ。何でもどこでも付き合いますよ」
「じゃあ……私と共に、西へ行こうか」
「は?」
「言ってくれたよね。どこでもって。ちょっと学会があってね、荷物持ちを頼みたいのさ。学校には私から言っておくから、悪いようにはならない」
授業を受けるか小依先輩に付き合うか。考えるまでもない。
「じゃ、行きます」
「良かった。それじゃあさっそく支度だ」
「ん?」
「今日の最終便で行こう。ギリギリ間に合うはずさ」
「明日行けばよくないですか?」
「それだと間に合わないんだ。いやぁ行くか行かないか迷っていたんだけど、君のおかげで覚悟ができた」
何かとんでもなく大きな間違いを犯した気がする。かといって上機嫌に水をさせるはずもなく、窮余の策としてせめて問題を減らすことにした。
かくして数時間後。俺と小依先輩は新幹線の車内にあった。どういうことだかさっぱりわからない。しかし親への連絡だけは済ませてあるから、これで唯依も怒るまい。
そう思っていたのだが、どうやら知らぬ間に陰謀の糸が張り巡らされているようだった。隣の隣の先の端に、上小路が座っているのだった。その時の衝撃は計り知れない。少なくとも俺の脳を30秒止めた。小依先輩なら5秒も要らなかっただろうから、こんなことにはなっていなかったに違いない。
さらなる驚愕はやけに低いテンションだった。
「あ、ども……こんばんは、瞬さん」
「ああ、こんばんは……今は随分静かなんだな。上小路さん」
「夜ですので」
夜刀なんて名前しておいて夜に弱いらしい。足取りも視線もふらふらしていて、当然の如く小依先輩にも目が行った。
「知らない。でも見覚えあるかも」
「瞬君、知り合いかい?」
「幼馴染の友達って感じで、最近直接知り合いました」
「ふーん。私は波戸場小依だ。君は?」
「上小路夜刀です。17。高校からは逃げちゃいました」
初対面にぶち込む話題としては破滅的なチョイスだ。ただし破損度合いでは小依先輩も大概である。
「そうかい。まあ私も高校にいる意味はあんまりないからね、気にしなくても良いんじゃないかな」
「……ありがとうございます。隣、移っても良いですか?」
「どうぞ。どうせ空いてるからね」
明日は平日である。そんな日に集まる人間がいるのか、そもそも何をするのか、俺は知らない。知らなくても良いのだと言うが、さすがにいい加減限界だ。
「小依先輩。結局、俺たちは何をしに行くんですか」
「そりゃあもちろん、論戦さ」
「論戦? 学会とかじゃなくて?」
「ほら、あるだろう? 似非科学。あれの学会を私は学術団体として認めない」
「はあ」
「それでいい加減挑発されるのにも我慢ならないから、こっちから殴りに行くことにした」
「先輩?」
「何かな」
「じゃあ、俺を呼んだのは何でです?」
「そりゃあもちろんボディーガードさ。大丈夫、改造スタンガンの予備はあるし、荒事をする訳でもない。今まで通り君を甘やかす点に代わりはないから、安心してよ」
彼女ははにかんだ。腹の立つほど良い顔だった。
帰りたくても帰れない。引き返したところで、もう電車が走っていない。かくして俺は、地獄への特急列車に揺られるのだった。
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