夢か現か

 目が覚めて辺りを見回すと、小依先輩の部屋だった。起こされる前に起きてしまったらしい。彼女を探すと、研究用のデスクですぅすぅと息を立てていた。


「あ、これ夢だな」


 外からはなぜか日差しが差し込んでいて、時計は7を指していた。身体は随分軽くなったが、心は冷えている。遅刻した時の気分だ。

 まさか小依先輩が起こすのを忘れて居眠りして、挙句朝になるなんてありえない。が、万一もあり得る。真相を確かめるべく囁いた。


「先輩? 小依せんぱーい?」


 返答はなかった。つけっぱなしのモニターにはレポートらしきものが映っている。盗み見るつもりはなかったのだが、偶然目に留まってしまった。


「……学会発表?」


 そんなこともしているのかと、気づいた時には検索していた。どうやら数日後に学会があり、彼女はそこに赴くらしい。開催地は遠く、恐らく泊まりだろう。しばらく彼女との会合はお休みというわけだ。


「さて、そろそろだな」


 朝の鐘が鳴り響き、現実と向き合う時が来た。豪快な目覚ましで小依先輩が飛び起きて、目を白黒させた。彼女は口をもごもごさせながら、


「とにかくごめん!」


 と言って、走り去った。

 やっぱり夢かもしれない。あんなに焦っているのは始めて見た。1人取り残されて、とりあえず部屋を出て登校した。通学時間は5秒だった。


 廊下を歩いていると、微かにスマホが震えた。電話だ。知らない番号からだったが、反射で応答を押していた。

 聞こえてきたのは若く、喧しさと気怠さの混在した妙な女の声だった。


「あぁ、唯依さんのお友達の、えー、と。なんだっけ」

「……俺は長刀ですが、そちらは?」

「それそれ、瞬さんですね。こちらはどちら様ってわけでもないんですけどね? 唯依さんとは仲良くさせて貰ってるんですよー」

「はあ。で、何の御用ですか」

「いやぁー、瞬さんは愛されてますねぇ! なんせ私なんか徹夜で付き合わされてるくらいですし!」

「ん?」

「まあとにかく、生きてるか確認してくれって頼まれて、電話かけまくってたんですよ。夜通し10分おきにずっとかけてたんですからねぇ? ま、ようやくつながって良かったです」


 ははあ。なるほど。

 俺と唯依は家族ぐるみの付き合いがある。仮に1日帰って来なければ、両親は立花家へ、ひいては唯依へ確認するだろう。警察沙汰にはしないが自殺や失踪も面倒という意志が透けて見える。

 で、通話の向こうの彼女は巻き込まれたらしい。


「すみません、俺と唯依が迷惑かけたみたいで」

「……へぇえ、そうですね! 私ちょっとあなたに興味出ましたよ。じゃっまた会いましょう。さらば!」


 音が途切れた。名も知らない相手だが、テンションの乱高下についていくのが大変そうな相手だった。

 切り替わった画面を見ると、確かに夥しい数の着信履歴があった。もっとも通知設定のおかげでまったく伝わっていなかったが。と、そこにもう一度連絡がきた。


「今度は本人だよな? もし?」

「瞬!? どこにいるの大丈夫? 怪我とかはしてないだろうけど、馬鹿何してたの今まで」

「罵倒と心配を一緒にするな。脳がおかしくなる」

「あ、いつも通りだ……で、どこいるの?」

「学校。教室で一泊したんだ」

「え、あの学校嫌いの瞬が? てか学校に泊まりって……あいや、まぁそれはいっか。じゃあこっちはうまく伝えておくから、後で話聞かせてよ」

「洗い浚い言うから許してくれ」

「じゃあ学校でね!」


 またいきなり通話が切れた。今日の女性陣は忙しいらしい。そんな彼女らと裏腹に、俺は相も変わらず散歩を続けるのだった。

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