お医者さんごっこ(ガチ)

「……どうかそのままの体勢で聞いてほしいんだけど」


 ソファの上で寝転がったまま、首だけ向けた。

 小依先輩は随分と悲痛な表情を浮かべていた。


「私はそんなに信頼するに足らないのかな」

「いや、別に。むしろ他人では最大限信頼してる方ですよ」

「ならどうして黙っていたんだい? 脛が青くなってる。絶対痛かったでしょ」

「ちょっと財布のことでひと悶着あっただけですよ。言うほどのことじゃないと思ったんですけど……」


 これ見よがしに溜息をつかれた。芝居がかっているが、本心ではもっとひどいに違いない。頭を振ってから言い聞かせるような口ぶりで言った。


「君は本当に自己評価が低いな。そこまで気にする必要はないよ」

「高い方ですよ」

「嘘だけは禁止しようか。私と君の間の約束だ」

「わかりました。でも事実ですから」


 無言で睨まれながら処置をされるのは初めてだった。おかげで患部が異様に冷たい。よしっ、と満足げに呟くのが聞こえた。


「これでおしまいだ。念のため言っておくけど、今度から怪我病気体調不良そのほか何でもあれば言うように」

「わかりました、先生」

「先生……? ふふ、そう見えるかい」


 急降下していた機嫌が急上昇している。何が嬉しかったのだろうか。気が緩んだからか、思わず本音が零れた。


「献身的ですよね、先輩」

「やだなぁ。そういう約束だろう?」

「科学者以外の道でも余裕でいけますよ」

「例えば?」

「……誰かと結婚するとか?」


 初めの5秒、何のリアクションもなかった。10秒で口が少し開き、顔が真っ赤になった。30秒で目をぱっと見開いて、半ば倒れ込むように背を向けた。カーペットの上に寝そべっている。

 とりあえず何かやってしまったらしい。


「あの、すみませんでした」

「謝ることはないよ。全然何でもないから」


 頭を抱えて床を舐めるような姿勢だった。これで説得力はない。

 スカートの裾が見えていた。いずれにしてもこの姿勢だと不埒な欲望が湧きかねないので、頭の側に回り込んで座った。


「それでですね。まあ先輩が献身的なのはともかく、聞きたいんですよ」

「な、何かな? 顔上げないで良い?」

「どうぞ。それで、なんで先輩はここまで優しくしてくれるのかなーって、思ったんです」

「うん? そういう話だろう?」

「けど、優しくにも限度があるじゃないですか。実験だってのはわかってますけど」

「ふむ……まあ、それはあるね。自分で言うのもなんだけど、男子と密室で2人きりの状態で、こんな姿勢で話すのは中々リスキーだとは思うよ。君が暴れ出したら……私は抵抗できないだろうね」


 そう言いながらも、声音から警戒心を感じない。


「ちょっと長くなるかもよ?」

「時間だけは沢山あるので。少なくとも俺は」

「……そうだね。私も時間だけは沢山あるよ。無駄なくらい」


 儚げに彼女が笑うのを見るのは、初めてだった。

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