昼食

 研究室に招かれ、座布団の上に座った。机を挟んで向こう側にいる小依先輩の表情は楽し気だった。


「ところで、1つ質問があるんだ。君は購買派だと思うんだがどうだろう?」

「昼飯なら、そうですけど」

「なるほど。で、事件が起こったのは昼休みと」


 彼女は名探偵の顔をして茶菓子を見つめた。


「さては昼食を抜いたんだね? なら早く食べるのをおすすめするよ」

「いや、そこまで問題は……」


 その時、小さく腹が鳴った。自分の方は間違いないが、もしかすると向こうからも聞こえたかもしれない。テーブルの上には煎餅が4枚ある。


「1人で食べるのも居心地が悪いんですよね。分けませんか?」

「それは君の分だろう。それに私の分だって予備が……あっ」


 ないんだろうな。そういう時の声だった。

 ビニールを破り、中身を差し出した。


「受け取ってくれないと俺の手が疲れてきますよ」

「……わかったわかった。ありがとう、まったく」


 目は睨んでいるが口元は少し緩んでいる。正解を引いたようだ。穏やかにお茶を飲みながら煎餅を食べていると、何だか老いたような気がした。緩慢とした時間が流れ……差し込む夕日で目が留まった。


「あっ、そうだ。そろそろ帰らないと」

「んー? まさか、まだ歩いて帰るつもりだったのかい。電車代くらいあげるよ」

「いやいや、それはさすがにやばいですって。年下ですし」

「私のことを先輩って呼んでるくせにその言い訳は通じないよ。それにお金なんて……有り余ってもいないけど、数百円で傾くわけじゃない」


 そうだった。学費は無料だろうし、下手したら無料の奨学金や研究成果の収入もある。俺なんかが心配するのは烏滸がましいくらいだ。


「ではありがたく頂きます。明日の朝返しますね」

「今度からお財布は使わずに、どこか鞄の目立たないところに忍ばせておくといい。一番良いのはここを避難所にすることだろうけどね、いつも開いてるから」

「授業受けてないですもんね」

「……それ気にしてるから、今度から言わないように」


 意外だ。飛び級だし授業に出る義務もないと聞いている。俺からすれば心底羨ましいし、むしろなぜ学校にいるのかわからない。不思議に思っているのがバレたようで、彼女は肩を落とした。


「周りから『なんであの人いるんだろ』的なね、目線がね、来るんだよ」

「それはまあ、うん。疎外感ありますよね」

「そうそう、それなんだよ……って違う。これじゃ逆だよ。君の話、はもう聞いたか。他にもっと何かこう、ないかい?」

「と言われましても」


 沈黙。薄々気づいていたが、彼女は口の上手い方ではない。俺は下手だ。会話のつなぎに困ってしまった。目線を合わせたり外したりを繰り返していると、小さく彼女が笑った。


「どうしました?」

「無理して話すこともないかな、ってね。ちょっと急ぎ過ぎてしまった。反省反省」


 汗を拭う仕草をしながら軽快に笑う彼女は、少し無理しているように見えた。目を背けたい一心で、ゴミを持って立ち上がる。


「あれゴミ箱ですよね?」

「うん。ありがとう、助かるよ」

「いえ」


 少し時間が経ったからか、少し歩き辛い気がした。とはいえ許容範囲内だ。

 しかし、それを見過ごす彼女ではない。戻ってきて座ろうとすると、止められた。有無を言わせぬ口調だった。


「座るんだ」


 只ならぬ調子だった。すかさずソファに掛けると、真剣な表情で彼女が近付いてきた。

 診察が始まった。

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