かくして始まる

名推理と迷探偵

 助けてもらうことになったが、具体的なその方法を聞いた。最初に言っただろうと笑われた。


「君を甘やかすんだよ。おっと、そんな目で見ないでほしいな」

「いや甘やかすったって……波止場先輩、先輩は学年は上ですけど実年齢はっ」

「女性に年齢のことを言っちゃだめだよ?」


 年下にコンプレックスを抱えているのだろう、触れないようにしよう。ただ理由だけでも聞かないままでは頷けない。

 尋ねると、彼女に手招きされた。誘われた先は小さなちゃぶ台があって、冬になればこたつになる光景が目に浮かんだ。


「簡単な推理に基づいて、君を甘やかそうという結論を出した。まず君が虐められているという前提。あれだけ派手にやられているのだから、家族に知られないはずはないよね」

「それで?」

「……ん? えっ、言っただろう?」


 心底不思議そうな顔をされたので、こちらが困ってしまう。どうやら本気で説明したつもりになっているらしい。確認するように言った。


「確かに家族は知っています。先輩が言いたいのは、辛い状況なら転校、退学、一時的に休む……そういうことをしているはずだ、と言いたいんですよね」

「ああ。わかっているじゃないか」

「そこまで至るケースってほとんどないと思いますが?」

「でもおかしいじゃないか。いずれにせよ無駄に学校に行って精神をすり減らすよりは、余程合理的なはずだろう?」


 経歴に傷がつくとか、色々あるだろ。いや飛び級している彼女にそんなことを言ったって無駄か、伝わるわけがない。この点については諦めて、次を促した。


「で、俺がいまだ学校に通っているのと甘やかされるの、どう関係があるんですか」

「つまり君は家族と不仲であろうと考えた。だから不足しているだろう物を――すなわち母親の優しさ的な物を補ってあげようと考えたのさ」


 理解はした。


「ちなみに異論反論変更の提案その他の一切を受け付けるつもりはない」

「え、なんで」

「私がそうしたいからさ」


 無敵だった。どうやら受け入れるしかないらしい。本気で断ってどうなるかわからないし、仕方ない。頷くと彼女はにんまりと笑った。


「というわけで、まずは呼び方から変えようか」

「呼び名、ですか?」

「小依先輩と呼んでくれ。私は名前で呼んでいるのに、苗字で呼ばれるのは距離を感じて嫌だ」

「そうは言っても学年は上でしょう。それに俺なんかが恐れ多いですよ」


 見せびらかすような溜息をつかれた。


「その思考が既に下向きすぎる。もっと上見ようよ。私が下向いたら君が上向いてくれるの? マイナス同士の掛け算みたいに? それなら思いっきり下向いてあげるよ?」

「先輩がそれやると死人が出ますよ。嫉妬で」

「そうかい。じゃあ私が鬱病患者みたいになるのと、君が私を名前で呼ぶのどっちが良い? 今君の口先には名もなき誰かの生死が掛かっているよ」


 やり方が強引すぎる。是が非でも名前で呼ばせる気だろう。しかし、ここまで距離を一気に詰められるのは好きじゃない。というか怖い。呼び名だけでも距離を取りたくて、折衷案を取った。


「では、小依先輩と」

「……ふむ。それは予想の範疇だが、塞ぎ忘れた私のミスだな。オッケー、それで妥協しようじゃないか。無理を強いる場面でもない。よろしく頼むよ、瞬君」

「はい。ところでもうすぐ最終下校ですけど、帰っても?」

「残りたければ残っても構わないよ」


 驚いた。まだ甘やかされていないのに帰っても良いのか。契約を結ばせることに集中しすぎて、実行を疎かにしたか。どちらにせよ疲れたし、帰るチャンスだ。


「それじゃあお先に失礼しますね、小依先輩」

「ああ」


 もう会うことはないだろう。何度も会うなんて話にはなっていない。若干の寂しさを感じながら、彼女の部屋を後にした。

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